宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「ではどちらのお屋敷にぃ?」
「今回の潜入先は貴族の屋敷じゃない――ビエルサール神殿だ」

 さすがのベッティも驚いた。王家ご用達であるビエルサール神殿は、国内最高峰(さいこうほう)の神殿だ。貴族であっても許可なく敷地内に入ることはできないし、そもそも女であるベッティが行ける場所ではなかった。
 この国の青龍信仰において、神殿で仕える神官は男だけとされている。例外として、女神を(まつ)る神殿に、巫女(みこ)と称する(おんな)神官(しんかん)が少数存在するのみだ。

「ですがぁ、本神殿なら王家の配下の者が潜り込んでいるはずですよねぇ?」
「今回行ってほしいのは、もっと奥の組織なんだ。下働きとしてなら、なんとか入り込む道はある。でも情報が限られていて危険度が(はか)れない」
「うぅむぅ、なるほどですぅ。それは逆に燃えますねぇ」
「はは、ベッティならそう言うと思ったよ」

 難易度が高いほどスリルも満点だ。任務を遂行できた時の爽快感が、病みつきになっているベッティだった。

「そんなわけで、今回は万全に準備をしてから(のぞ)んでほしいんだ。恐らく入り込んだが最後、連絡は取れなくなるだろうから。それに神殿内では、猟奇的(りょうきてき)残虐(ざんぎゃく)事件が続いているらしい」
「残虐事件?」
「今のところまだ、家畜の死骸がぶち()かれる程度で済んでるみたいだけど」
「……(けもの)の血を欲する者はそれじゃ飽き足らなくなって、やがて人にも手を出しますからねぇ」

 ベッティの危機察知能力は野生動物並みだ。危険はないと()んではいるが、自分の手の及ばない未知の領域とあっては、一抹の不安はぬぐえない。

「大体のことは承知いたしましたぁ。ありとあらゆる事態を想定して、万全を期しますねぇ。とりあえず王都の家に行って必要なものをそろえてきますぅ」

 王都の家とはカイが所有する隠れ家だ。普段は老夫婦に管理を任せているが、大きな番犬がいて、カイの集めた資料を保管する倉庫的な役割も果たしている。

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