宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「いいわ、顔をお上げなさい」

 焼き付けるようにその姿を見上げた。菫色(すみれいろ)の瞳が、揺らめきながら見つめ返してくる。出会ったあの日から(とら)われたままだ。この色を永遠に忘れない。

「アルベルト」

 視線を()らさないまま名を呼ばれた。肩にかけられたショールが、前触(まえぶ)れなく床に落とされる。それを目で追いかけて、再びはっと顔を上げた。

 その動きを止めようと、咄嗟(とっさ)に手を伸ばした。その時すでに王女は、はだけた夜着を下へと落としてしまっていた。伸ばした指の先、すぐそこに一糸まとわぬ姿が()しげもなく(さら)される。

「クリスティーナ様……!」

 動揺で声が上ずった。見てはいけないと思うのに、その姿に目が吸い寄せられる。

 中途半端に伸ばされたこの手を導いて、王女は自身の胸に押しあてた。熱い肌に触れ、アルベルトの口から息が短く漏れる。やわらかで吸い付くような手触りの先に、王女の早すぎる鼓動が伝わってきた。

「アルベルト……わたくしを抱いて。王女ではなく、ひとりの女として」
「クリス、ティーナ様……」

 震える手は、その先に進めない。彼女は(けが)してはならない存在だ。(いまし)めのように目の前に線を引き続け、最後までそう言い聞かせたまま、すべては終わるはずだった。

「クリスティーナと呼んで……今だけは立場など忘れて、ただのクリスティーナとして貴方(あなた)に抱いてほしいの。これは命令ではなく、わたくしの最後の望み。アルベルトにしか叶えられない、たったひとつの本当の願い――」

 クリスティーナはさらに一歩近づいた。この頬に手を添えて、やわらかな唇を寄せてくる。触れた吐息に何もかもが(あふ)れ出て、もう止めることなどできなくなった。

 かき抱き、奪うように口づける。クリスティーナから甘やかな吐息が漏れ、(あか)い唇がこの名を呼んだ。

「クリスティーナ……」
「アルベルト、もっと……もっと……」

 強請(ねだ)られるまま口づける。()われるまま、(いと)おしい名を幾度も呼んだ。

「お願い……アルベルトのすべてを、わたくしにちょうだい」

 (むさぼ)るように、どこまでも互いに溺れていく。
 共に過ごした時間を。これから訪れる空白を。すべて埋めるため、この刹那(せつな)、命を燃やすように熱を分け合った。

 今だけは何もかもが満たされて――

 落ちていく中このまま深い眠りにつけることを、ひとつになって、ただ願った。


< 231 / 391 >

この作品をシェア

pagetop