宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 急かされて部屋を後にする。女官の顔色が優れないところを見ると、本当に緊急事態なのだろう。スカートをつまみ上げ、小走り手前の速度で進む。ふいに背をなぞった冷たい気配に、リーゼロッテは思わず来た廊下を振り返った。

(なに……? この嫌な空気)

 自分の中で何かが警鐘(けいしょう)を鳴らしている。(あわ)立つ肌は、すぐに全身に広がった。

 急いでここを離れようと戻した視線の先で、先導していた女官がうずくまっていた。黒い異形が絡みつき、息苦しそうに胸を押さえている。

 見回すと周囲にいる異形たちが、(あお)られるように殺気立っていた。この禍々(まがまが)しさをリーゼロッテは知っている。これはフーゲンベルク家を覆った(あか)瘴気(しょうき)。そして、デルプフェルト家で相まみえた、(くれない)の異形の気配だ。

 だがあの時と比べると、感じるものはごく僅かだ。胸の守り石を握りしめ、リーゼロッテは探るポケットから香水瓶を取り出した。

 震える指先でひと押しする。清廉(せいれん)な空気が広がって、近くの異形が平静を取り戻した。
 同時に苦しそうにしていた女官が床に倒れ込んだ。彼女に取り憑いていた異形も消えてなくなっている。意識を失っている女官の元へと、リーゼロッテは駆け寄ろうとした。

「ソレ知ってる! この前の傷薬(きずぐすり)でしょう?」

 気配なく放たれた言葉に、リーゼロッテは身をすくませた。背後からかけられた声は少年のものだ。それも見知った神官見習いの少年に違いなかった。

 でも自分の勘違いかもしれない。そう思わせるほどこの背に感じる気配は、あの異形の女と同じものだったから。

「マルコ様……?」

 鼻をつく血のにおいに、恐る恐る振り返った。そこにいたのは確かにマルコだった。しかし顔見知りのそばかすの少年は、いつもの白い長衣を(あけ)に染めている。まるで返り血を浴びたようなその姿に、リーゼロッテは小さく悲鳴をあげた。

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