宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「それは光栄の極みでございますねぇ」
「本気でそう思ってますよ?」

 軽く受け流してくるマテアスは、成熟した大人なのだろう。ちょっとしたことですぐ動揺してしまう自分が、本当に情けなくなってくる。リーゼロッテのためにも、もっとマテアスのようにならなくては。そうは思うが、焦りばかりが先立った。

 行く先の廊下に人影を認め、エラは驚きに足を止めた。そこを通らないと自分の部屋には戻れない。そんな位置の廊下にひとり立っていたのはエーミールだった。

「これはエーミール様、おはようございます。こんな早朝に散策でございますか?」

 先を行くマテアスと離れるわけにもいかず、エラはその背に隠れるようについて行った。目が合わないよう礼を取り、その横を素早く通り過ぎようとする。

「マテアス……貴様がエラに危険な荒事(あらごと)を仕込んでいるというのは、本当の話のようだな」
「グレーデン様、これは……!」

 反射的に抗議をしようとしたエラを、マテアスが手でそっと制した。

「エラ様の護身の稽古は、旦那様から正式に許可をいただいております。不服がおありでしたら、どうぞ旦那様に直接おっしゃってください」

 ぐっと口をつぐむと、エーミールはマテアスの顔を悔しそうに睨みつけた。

「では急ぎますのでこれで失礼させていただきます。エラ様、参りましょう」

 何事もなかったようにマテアスは平然と歩きだした。エラは小さく礼を取った後、無言でその後ろに続く。

 ――そんな捨てられた子犬のような顔で見ないでほしい

 自分の動きを目で追ってくるエーミールから、不自然に視線を逸らすことしかできなかった。

(マテアスのように上手く(かわ)さないといけないのに)
 泣きそうになるのを(こら)えて、エラはぎゅっと唇を噛みしめた。

「エラ様」

 はっとして視線を上げると、足を止めたマテアスが心配そうにこちらを振り返っていた。その顔を見て、理由なくほっとする。

「もしやエーミール様はああやって、エラ様を待ち伏せなさったりしているのですか?」
「いえ、決してそのようなことは……! 先日レルナー様と話をしているときに、偶然お会いしましたが」
「そうでございますか。ですが、エーミール様のお心はいまだエラ様にあるご様子。どうぞお気をつけなさってください」
「……はい」

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