宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
      ◇
「あら、バルバナス様。こちらにいらっしゃるなんて珍しいですこと」

 先ぶれもなく後宮に乗り込むと、イジドーラが平然とした態度で迎え出てきた。その周囲で女官たちが膝をつき、震え上がりながらバルバナスに礼を取っている。

「ディートリヒはどこだ?」
「ディートリヒ様なら奥にいらっしゃいますわ」

 先導するように歩き出したイジドーラを追い越して、バルバナスは中へと歩を進めた。傍若無人な振る舞いに動じた様子も見せずに、イジドーラはその背を笑みと共に見送った。

 勝手知ったる後宮内だ。ディートリヒのいそうな場所に向かうと、案の定そこでのんびりと本を読む姿が見えた。

「余裕だな」
「兄上、そろそろ来る頃だと思っていた」

 嫌味のように言うと、本を閉じディートリヒは快活な笑顔を向けてきた。その姿は昔の弟そのものだ。王位を継いだ日を境に、ディートリヒは別人となり果てた。それが退位した途端、すっかり自分を取り戻したかのようだ。まるでハインリヒと入れ替わるように。

 それは父親も同じだった。ディートリヒに王位を譲った日から、威厳ある父フリードリヒは魂が抜けたように弱腰になった。王になるとは青龍の化身となることだ。あまりの変わりように、そんなふざけたことを言う貴族までいる。

「お前といい、ハインリヒといい、なぜそんな悠長に構えていられる? クリスティーナは殺されたんだぞ」
「クリスは持病の悪化で()った。ハインリヒもそう宣言しただろう?」

 慶事(けいじ)に水を差さないようにと、王位継承が終えるのを待ってから王女は天に召された。弟思いのやさしい王女だった。その死を(いた)むと共に、市井(しせい)ではそんなふうに(たた)えられている。

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