宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「やはりそのように泣かれて。クリスティーナ様が思っていた通りです」

 しかしアルベルトは静かに笑って、諦めに似た表情だけがリーゼロッテに向けられた。

「クリスティーナ様が……?」
「はい。本日訪ねさせていただいたのは、こちらを届けるためです。どうぞお受け取りください」

 一通の手紙を差し出され、リーゼロッテの瞳が見開かれる。そこには(すみれ)の花をモチーフにした封蝋(ふうろう)が押されていた。

 そこには王女の名が記されている。ペーパーナイフを手渡されるも、指が震えてうまく開けることができない。見かねたエラが丁寧な手つきで封筒にナイフをすべらせる。やっとの思いで開いた便箋(びんせん)からは、(ほの)かな香りが漂った。

 東宮のにおいがする。きっと王女がいつもつけていた香水なのだろう。一度押しとどめた涙が、再び(せき)を切って溢れ出た。



 親愛なるリーゼロッテ・メア・ラウエンシュタイン

 この手紙を読んでいるということは、わたくしはもうこの世を去ったということでしょう
 わたくしの死は龍によって定められた宿命
 もしあなたのせいでわたくしが命を落としたように見えたとしても、あなたが自責の念にかられる必要はありません

 そのかわり、あなたは自分の道を(まっと)うなさい
 それはこの国の貴族として生まれ、龍に託宣を受けた者の負うべき義務
 そしてわたくしが伝えた言葉を決して忘れないで
 いつか大きな選択を迫られた時、曇りのないあなた自身の目で答えを選び取ると言うことを
 今は分からなくともその時は必ずやってくるから、それまでに多くのことに触れておきなさい

 あなたはこの国の希望
 失ってはならない光
 それを守れたことをわたくしは誇りに思います

 最後に、ヘッダのことは許してあげてちょうだい
 あなたのことだから言わずとも分かってくれると思うけれど、わたくしの名に免じてとお願いしておきます

   クリスティーナ・シン・ブラオエルシュタイン



「……クリスティーナ様は託宣を果たすために、わたくしの身代わりになったということですか?」

 ぼやける視界で読んだ手紙に、(かす)れた声で問う。はい、とアルベルトは短く肯定を返した。その顔に(いきどお)りは見られない。そこにあるのは諦めの色だけだ。

「はじめから、分かっていらしたのですか……?」

 この結末を迎えることを。アルベルトも、ヘッダも、そしてクリスティーナ王女も。

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