宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「無駄ですよ。その扉が開かれた記録は、建国以来一度もない」
 背後から馬鹿にしたような声がかけられた。神官長の横にいた神官、ヨーゼフだ。

「その扉は神の扉。開けることができるのは青龍のみです。龍の(たて)ごときのあなたの力で開くはずもない」

 こういった隠し扉は、王城や神殿の要所要所に存在している。場所によって(ひら)ける人間は決まっており、王にしか開けられない扉もあれば、神官にしか開けられないものもある。
 フーゲンベルク家にもそういった扉は存在しているため、そんなことは百も承知だ。しかしジークヴァルトは苛立ちながら、何度も何度も力を注ぎ続けた。

「諦めの悪いお方だ。いや、頭がお悪いのかな? 閉ざされたこの部屋から聖女は消えたのですから、確かにその扉が開かれたのやもしれません。もしそうであるのなら、それはやはり青龍の意思。こんな簡単なことも分からないとは」

 やれやれといったふうに首を振ったあとも、ヨーゼフは得意げにしゃべり続けている。それを背で聞きながら、ジークヴァルトはこの扉の向こうに、リーゼロッテの力の残り()を感じ取っていた。

「聖域を(けが)れた力で汚すなど言語道断。即刻ここから出て行きなさい。聖女は龍の花嫁となったのです。この栄誉をよろこばずして見当違いの(いきどお)りをぶつけるとは、気がおかしいとしか思えな……ひぃっ」
「貴様、それ以上言えば二度と口をきけないようにしてやるぞ」

 苛立ちが最高潮に達し、ジークヴァルトはヨーゼフの襟元を掴んで締め上げた。ヨーゼフの顔が真っ青に変化していく。

「うっ……ぐ、ぐるじぃ……っ」

 半ば浮き上がった足先がぷらぷらと力なく揺れる。白目をむいて泡を吹く寸前のヨーゼフを、さらに高く持ち上げていく。

「やめるんだ、副隊長!」

 飛び込んできたキュプカー隊長が、背後から羽交い締めにしてくる。解放されたヨーゼフが勢いで床に投げ出された。

「がっ……はっ、なんとも野蛮な……!」
 四つん這いで息を求めながら、ヨーゼフはジークヴァルトに向けて悪態をついた。睨み返すと、這ったまま神官長の後ろへと逃げ込んでいく。

「副隊長、控えろ。王前(おうぜん)だ」

 キュプカーの冷静な声に顔を上げた。そこに立つのはハインリヒ王だった。タイミングを見計らったように現れたハインリヒに、ジークヴァルトは不審に満ちた視線を向ける。

「お前、まさか……こうなると知っていたのか……?」

 遠くを見据える瞳のまま、ハインリヒは答えを返さない。そこに肯定を()み取って、ジークヴァルトは王に向かって掴みかかろうとした。

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