宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 未知の領域であるものの、危険度の低い潜入捜査のはずだった。自分たちが思う以上に、神殿内部は伏魔殿(ふくまでん)となっているらしい。

 普段なら物的証拠を(たずさ)えて、ここでトンズラをこくところだ。デルプフェルト家の一員としてなら、このタイミングで帰還するのが正しいのだろう。

 だがカイならば、リーゼロッテを見捨てるはずはない。それが公爵や王家に恩を売るためであったとしても、彼なら絶対にそうするはずだ。
 あの日、カイの手足になるとこの胸に誓った。ベッティは迷うことなく、ここに残ることを決意する。

 畑へと一歩踏み出す。伸ばした指先が、ばちっと青銀の火花に(はじ)かれた。焼け付くような痛みを(こら)えて、ベッティは手近に揺れる葉を、無理やりに一枚引きちぎった。
 青臭い汁の匂いに、また酔いそうになる。素早く葉を袋にしまうと、ベッティはその場を一目散に逃げ去った。

 自分がここへと来た痕跡は、一度吹雪けば消えるはずだ。その前に見つかった時は、獣が荒らしたとでも思ってもらえることを祈るしかない。

(かなりやばめですけどねぇ)

 あの畑は明らかに結界が張られていた。作物を守るため、人知を超えた力を(もっ)てして。

 ある程度離れると、ベッティは指先を濡らして風を確かめた。月夜に浮かぶ雲の流れを見上げ、王城のある方向へと目を向ける。この風向きなら、空に飛ばせば届けられるかもしれない。他の連絡手段がすぐに取れない今、こうするより方法はないだろう。

 軽い紙でできた風船を膨らまし、そこに先ほど取った葉を入れた袋を(くく)りつける。風(まか)せだが、これはデルプフェルト家秘伝の風船だ。見つけ次第、最優先で回収するのが一族の決まりだった。

 強く吹いた風に乗せて、ベッティはそれを空へと手放した。ふわりふわりと心もとない動きで、風船は夜空を舞っていく。
 遠く見えなくなったことを確かめて、ベッティは急ぎ雪の中を戻っていった。

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