宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
      ◇
 早朝、王城の庭の一角で、カイは神殿の方角を眺めやっていた。
 手筈(てはず)ではそろそろベッティが帰還してくる頃合いだ。潜入先の状況に応じては、数日程度ずれることはある。だがどうにも胸騒ぎが消えなくて、カイは難しい顔のままその場に(たたず)んでいた。

 誰かが近づく足音に、振り返りながらカイは人好きのする笑顔を向けた。

「おめずらしいですね、王城にいらっしゃるなんて」
「お前こそこんなトコで何してんだ?」

 やってきたのはバルバナスだった。不機嫌そうな顔つきで、カイ同様、神殿へと目を向ける。

「おい、なんか情報持ってんだろう? いいからよこせ」
「騎士団に提供できるようなネタはありませんよ。こちらが教えて頂きたいくらいです」
「ぬかせ」

 騎士団が秘密()に神殿内部を探っていることは、カイも把握している。クリスティーナ王女の死に対して、バルバナスはいまだ不満を抱いているようだ。王女は託宣を果たすために命を落とした。ハインリヒがそれを病死と扱ったのは、大事にしたくなかったからなのだろう。

(王となってからハインリヒ様はまったく読めなくなった……)

 最近のハインリヒが(かも)し出す雰囲気は、前王ディートリヒに感じていた畏怖(いふ)と同等のものだ。打って変わってディートリヒと言えば、カイに対してすらやきもちを焼く、ただの愛妻家となり果てている。

「今日はアデライーデ様はいらっしゃらないんですね?」
「白々しい事言ってんじゃねぇよ。事情は全部知ってんだろう?」

 神事の最中にリーゼロッテがいなくなったことはもちろん知っている。ジークヴァルトが謹慎を命ぜられたことも、アデライーデが公爵家を動けないでいることも。
 機嫌が悪いのはそのせいもあるようだ。王城に来るときは必ず、アデライーデをそばに置いているバルバナスだった。

「あれは……」
 ふと見上げた空にはっとする。バルバナスを残して、カイはその場を駆けだした。

 風に舞うあの風船は、デルプフェルト家が使う非常時の通信手段だ。水に濡れれば溶けてなくなるようなものなので、普段は使われることもない。しかしあれが飛ばされたということは、任務中に誰かが緊急事態に陥った可能性もあった。

 風向きを考えても、明らかに神殿方面から飛んできている。見失わないようにと、カイは懸命に追いかけた。

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