宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
     ◇
 山積みの書類を無心で片づけていく。何も考えてはいけない。自分にはこの家を守る義務がある。領民を道連れにすることは許されない。だから、今は何も考えてはならない。

(リーゼロッテ――!)

 抑えきれなくて、ジークヴァルトは目の前の書類を()ぎ払いかけた。寸でのところで(とど)まるも、すべてを破壊したい衝動に捕らわれる。

 今彼女はどこにいるのか。つらい思いをしてないだろうか。怪我などは負っていないだろうか。ひとりで泣いてはいないだろうか。
 なぜ自分はいまだここに座っているのか。なぜ彼女を探しに行かないのか。彼女以上に大切なものはありはしない。彼女のいない世界などなんの意味もない。

 公爵家当主の立場として、この家を、領民を守る義務がある。だが言われるがままこなしてきた責務も、今は重い(かせ)としか思えない。自分の正気がどこにあるのかすらも、ジークヴァルトはもうよく分からなくなっていた。

 震える手をきつく握りしめる。寝ていない頭のまま、ジークヴァルトは書類に手を伸ばした。
 何も考えてはいけない。でないと何をしでかすか分からない。ひたすら執務をこなし、限界が来たら気を失うように眠りについた。それも一時間もせずに目が覚めて、堂々巡りの日々に気が狂いそうだ。

 リーゼロッテは託宣の相手だ。必ずこの腕に戻ってくるだろう。そんなことは分かっている。だが今彼女はここにいない。

 叫び出したくなる衝動を(こら)え、握るペン先が細かく震えた。

「旦那様、今夜こそは部屋でお休みください」
「いい。必要ない」

 様子を見に来たマテアスを無視して、書類にペンを滑らせる。部屋などに戻ったら、無意識にいない彼女の気配を探り続けて、余計に正気を保てなくなる。

「日付が変わりましたね。旦那様、お誕生日おめでとうございます」

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