宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
     ◇
「では、しばらくおそばを離れます」
「ああ、よろしく頼む」
「お任せを。このエーミール、必ずやジークヴァルト様のお役に立ってみせましょう」

 諸手続きを済ませ、エーミールは騎士団へ(おもむ)くことになった。王家に忠誠を誓うためではない。公爵家を動けないジークヴァルトのために、リーゼロッテを取り戻しに行くのだ。

「あっちにはニコラウスもいるから、何かあったらすぐ頼りなさい。向こうにも規律はあるんだから、単独で動かないこと。それと周囲が気に入らないからって、あんまり()を通すんじゃないわよ」

 騎士団には平民も多い。バルバナスが実力主義なため、身分が下の上官などは珍しくなかった。浮かない表情のアデライーデに、エーミールは自信ありげな顔を向けた。

「心配はご無用です。ジークヴァルト様のためと思えば、どんな屈辱も些事(さじ)と切り捨てられます」
「大袈裟ね。あと気持ち悪い」
「アデライーデ様、それは言いすぎでございます。美しい主従愛とおっしゃってさしあげないと」
「うるさいわよ、マテアス。あなただってヴァルト相手にそこまでは思ってないくせに」
「それは聞き捨てなりませんねぇ。わたしも旦那様のためならどんな屈辱にも耐えて見せますよ」

 そんな軽口に見送られて、エーミールは公爵家のエントランスを出た。マテアスとは一時休戦状態だ。上手く連携を取らないことには、この作戦は成り立たない。
 マテアスは優秀な男だ。エーミールもそのことだけは認めている。気に食わないのに変わりはないが、ジークヴァルトのためならば協力し合うのも当然のことと受け入れられた。

 王城騎士に志願したことは、グレーデン家にも報告してきた。病弱の兄は「エーミールの思うようにやればいい」と背を押してくれたが、侯爵である父は「せいぜい王族に媚びを売ってこい」の一言だった。母に至ってはエーミールなどには全く(もっ)て無関心だ。

 女帝と呼ばれた祖母の死後も、グレーデン家は変わらない。あの冷たい家のために、自分はこれからも生きていくのだ。家に帰るたび、そんなことだけを再確認する。

(いや、今はジークヴァルト様のため命を尽くそう)

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