宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
      ◇
「ではわたしもこれで。遅くまでお勤めご苦労様です」

 美貌の神官にやさしく微笑まれて、騎士は思わず顔を赤くした。ごゆっくりなどと明後日の返事を返してしまう。

「ああ、そうです。大事な話を聞いていただけますか?」
「はい、何でしょう?」

 扉を閉めかけていたレミュリオが、再び声をかけてくる。男相手にドギマギしているなど悟られてしまわないよう、騎士はうんと難しい顔をした。しかし女性と見まがうほどの美しい顔に、次第に目つきがぽやんとなってくる。

「いいですか? わたしはずっとこの部屋の中にいました。誰に何を聞かれても、あなたは必ずそう証言してください」
「……ハイ、ワカリマシタ。必ズソウ証言シマス」
「いい返事です」

 操られたように答えた騎士に、レミュリオは慈悲深い笑みを向けた。うれしそうに頷き返した騎士をその場に残し、レミュリオは部屋を出た。誰にも咎められることなく、人気(ひとけ)のない神殿の奥へゆっくりと歩を進めていく。

「脳のない羽虫と侮っていましたね。言っているそばからぞろぞろと……」

 遠くに意識を傾けたかと思うと、レミュリオは言葉とは裏腹に可笑しそうに口角をつり上げた。

「裏手から回るとは思い切ったことを。仕方がありませんね、少々(いしずえ)を呼び戻すとしますか。この程度で崩れる国なら、早急になくなってしまえばいい」

 返した手のひらの上、青銀の光が渦を巻きながら小さな球をつくる。そのまま浮き上がったかと思うと、瞬間弾け、青銀は天井に四散した。

「ようやく手に入れた花嫁だけは、今一度隠すとしましょうか。誰の手にも届かない場所にでも……」

 長い廊下を進み、レミュリオは何もない場所で足を止めた。壁に向かって手をかざすと、隠し扉が浮き出してくる。ここを開けることは何人(なんぴと)たりともできはしない。神のみが通ることを許される、青龍の扉と呼ばれるものだ。
 目の前の扉が開かれる。レミュリオは戸惑いもなくそこに足を踏み入れた。暗い通路をしばらく進み、目的の場所で再び扉を開く。

 寒々しい廊下を渡り、リーゼロッテを閉じ込めた部屋へと向かう。しかしまったく違う方向に、彼女の輝きが見え隠れした。

「……どうやら子鼠(こねずみ)が逃げる手引きをしたようですね。害はないと思って放置していましたが」

 方向を変え、迷いなく歩き出す。

「まあいいでしょう。どのみち無力な貴女は、わたしから逃げおおせる事などできないのですから」

 すぐそこにいるリーゼロッテの気配に、レミュリオはいつになく気分を高揚させた。

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