宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 時に小さく微笑み、時に頬を染め、そして時に涙しながら。物語に没頭している彼女の百面相を眺めるのも、ここに来たときの楽しみだった。
 どうやら今日は波乱含みの内容らしい。ハラハラした表情でページをめくる令嬢に、思わず口元が(ほころ)んだ。

 同時に隣接した神殿の敷地から、令嬢を覗き込んでいる若い神官の姿が視界に入る。いつも笛を響かせているあの青年も、令嬢に懸想(けそう)しているようだった。

(あの青年()?)

 己の考えに首をかしげる。いつまでも食い入るように覗き見している神官が何だかおもしろくなくて、ディートリヒは胸に忍ばせていたビョウを神官のいる辺りめがけて放り投げた。

(なんだ、そういうことか)

 驚いた神官が奥へと逃げていく様子を目で追いながら、ディートリヒはひとり納得した。漏れ出そうな笑い声を必死に押し殺し、焼き付けるように令嬢の姿を瞳に映す。

「……本当の胸の内など、自分でもなかなか気づけないものだな」

 だが今さら気づいたところで、どうなるでもない話のことだ。

 見上げた空が陰り、ちぎれ雲が低く流れ去っていく。枝を揺らす風が強まって、雨粒が叩きつけるように落ちてきた。
 白テンが慌ててディートリヒの首に巻きついてくる。茂みにいてもずぶ濡れになりそうな激しい雨だ。遠くで雷鳴が(とどろ)き、令嬢も本を胸に抱いて稲光(いなびかり)に身を縮こまらせている。

 本格的に濡れる前に、枝を揺らし令嬢のいるガゼボへと降り立った。いきなり上から降って現れたディートリヒに、令嬢が小さく悲鳴を上げる。

「非常事態だと思って許せ。邪魔をするつもりはなかったんだが、止むまでここで雨宿りさせてくれ」
「あなたは……ディートリヒ王太子殿下……!」

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