宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 呆然となったあと、令嬢は慌てて膝をつこうとした。その手を引き寄せ、跳ねる雨粒から遠ざける。冷えた体を囲い込んだまま、ディートリヒはベンチへと腰を下ろした。
 その足の間に座らされて、令嬢が動揺したように目を泳がせる。懸命に体を小さくして、寒さなのか怖さなのか、その身を小刻みに震わせた。

 細い首にアッシュブロンドのおくれ毛が流れ、似合っていないきつめの化粧は無理に強がる子猫のようだ。木の上からでは分からなかった瞳は綺麗な薄い水色で、今は不安と羞恥で揺れている。
 肩の上から(くび)を伸ばし、白テンが確かめるように令嬢のうなじに鼻先を近づけた。鼻づらをピンとはじくと、慌ててディートリヒの服の中に引っ込んでいく。

「あ、あの、王太子殿下……」
「思った以上に小さいな」
「え?」
「いつもここで本を読んでいただろう? オレはあそこからずっと見ていた」

 降りてきた木を見上げると、令嬢は同様に木を見上げ、ぽかんとしたあと頬を真っ赤に染めた。かと思うと今度は蒼白になってその唇を引き結ぶ。

「わ、わたくし知らぬこととはいえ、王太子殿下のお邪魔を……」
「いや、いい。邪魔をしたのはオレの方だ。それにオレがここに来ることは二度とない。これからも気にせず好きに使えばいい」
「……仰せのままに。ありがたきお言葉です」

 そもそも王太子であるディートリヒが王妃の離宮の敷地内にいることの方が大問題なのだが、そこは笑顔で押し切った。どのみち貴族令嬢の立場で、王太子の言うことに逆らえるはずもない。

「……惜しいな」
「え?」
「こうして触れると手に入れたくなる。名を、教えてくれないか?」

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