宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 まだ少女のように見える彼女は、それでも着ているドレスから社交界にデビュー済みだと見て取れる。令嬢などに興味がなかったディートリヒは、政務で必要な人間の顔しか覚えていなかった。

「わたくしはイジドーラ……イジドーラ・ザイデルと申します」
「ザイデル家の……?」

 ザイデル公爵家は王家に対して、陰で不穏な動きを取り続けている。公爵には妹がふたりいたはずだ。姉のベアトリーセはデルプフェルト侯爵家に嫁ぎ、もうひとりは確かにイジドーラという名前だった。

 記憶を辿っていると、空が嘘のように晴れあがっていく。切れた雲間から陽光が差し込み、腕の中のイジドーラが眩しそうに瞳を細めた。

 ディートリヒは立ち上がり、脱いだジャケットを華奢な肩にかけた。

「イジィは雨がもう少し落ち着くまでここにいるといい」
「は、あ、いえ、あの」

 肩のジャケットに恐縮したのか、愛称で呼ばれたことに動揺したのか、耳元で囁かれたことに驚いたのか、イジドーラが中途半端な言葉を返してくる。

 次に会うのは(おおやけ)の、王太子と公爵令嬢という大きな隔たりがある立場の時だ。
 去り際に、思うよりも早くイジドーラを胸に引き寄せる。そのまま小さな唇を奪いとった。

 これ以上となく見開かれた瞳のイジドーラから、力が抜けるまで離さなかった。漏れる吐息すらからめとって、ひとつも逃がしたくないと真剣に思った。

「必ずイジィを迎えに行く」

 名残惜しく頬に指を滑らせてから、ディートリヒはガゼボを後にした。

 王太子の気まぐれだとでも思われたのか、次に会ったイジドーラは想像以上に平然としていて、それがものすごく面白くない。

 あの誓いが嘘ではないと証明するために、その日からディートリヒのあがく日々が始まった。

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