宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
     ◇
 自分を隠すように抱え込むディートリヒに、呆れながらカイが礼を取った。

「ああ、もう……今すぐ御前失礼いたしますから、そんなに怒らないでくださいよ」

 後宮からそそくさとカイが出て行って、部屋の中が一瞬だけ静寂に包まれる。王冠を降ろしてからディートリヒは、昔のように子供っぽくなったように思う。王太子時代のディートリヒは、とても自由奔放な性格だった。

「まぁ、ディートリヒ様。昼間からこの手は何事ですか?」
「いいだろう? 退位してあの(わずら)わしい声も聞こえなくなった。やっとオレのまま、イジィに触れられる」

 いたずなら手をやんわりと掴むも、その動きは止まらない。あれよあれよという間に、美しく結い上げられた髪が(ほど)かれていった。

「ディートリヒ様……もうしばしお役目はきちんとこなします。ですがセレスティーヌ様の遺言は、すでに十分果たされたと思いますわ」
「……どうしてここでセレスの名が出てくるんだ?」

 不満そうに言ったディートリヒを、イジドーラは不思議そうに見つめ返した。

「もしかしてオレがイジィを王妃に迎えたのは、セレスがそうしろと言ったからだと思っているのか?」
「ええ、もちろん。そこのところはきちんと(わきま)えておりますわ。おふたりはわたくしを(いばら)の道から救ってくれた恩人ですもの。ディートリヒ様とセレスティーヌ様には本当に感謝しかありません」
「感謝か……」
「ですからこの身が()ちるまで、わたくしはディートリヒ様のものですわ。とは言えディートリヒ様はもう、わたくしのことを無理に大事にしなくても良い頃合いでございましょう?」

 セレスティーヌの遺言通りに、ディートリヒは自分を王妃として迎え入れた。その王妃の座も退(しりぞ)いた今、ディートリヒがこの貧相な体つきの自分に固執する理由も必要もないだろう。この奥まった後宮は人目などほぼない場所だ。これからは(おおやけ)の場でだけ、夫婦の態度を(つくろ)えばいい。

「そうか、分かった」
「分かっていただけたのなら何よりですわ」

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