宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
      ◇
 夜会の前に身を清め、一度化粧を落とした顔を姿見(すがたみ)に映す。そこにいるのは凡庸(ぼんよう)な女だ。

 スタイルがよく、妖艶な美女のイジドーラ王妃。

 それは自分が努力の果てに作り上げた幻想だ。一重(ひとえ)のまぶたはぼんやりとして野暮(やぼ)ったく、薄い唇は色香のいの字も見当たらない。本来の自分は貧相な体つきの、いてもいなくても気づかれないような華やかさとは無縁のそんな女だ。

「イジィ」

 鏡越しにディートリヒの姿が映る。後宮に戻ったと思ったのに、まだ王妃の離宮にいたようだ。

「まあ、王。女の支度(したく)を覗くなど、随分と無粋(ぶすい)なことを」
「着飾らぬともイジィはそのままがいちばん美しい」

 後ろから抱きしめ頬に口づけてくる。イジドーラのこの姿を知るのは、ディートリヒと古参の女官のルイーズだけだ。

「うれしいお言葉なれど、王に恥をかかせるわけには参りませんわ。横に立つにふさわしく、いつも通り飾らせてくださいませ」

 イジドーラの化粧はいわば武装と同じだ。貴族たちに舐められないよう、振る舞いと共に今まで己を磨き上げてきた。威厳ある王妃の(よそお)いとなるべく、洗練に洗練を重ねてきたのだから。

 目配(めくば)せをすると、控えていたルイーズが扉を開けて頭を垂れた。もう一度頬に口づけを落としてから、ディートリヒは部屋を後にする。

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