宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「でははじめましょう」

 ルイーズの言葉とともに、凡庸な女が一国の王妃へと成り代わる。

 おしろいで肌の色を整え、まぶたには絶妙なグラデーションをつけていく。頬紅で血色よく見せ、鼻筋にはさりげなくシャドウを入れる。目の(きわ)に丁寧にラインを引くと、切れ長の瞳の出来上がりだ。眉とまつ毛は盛りすぎないよう注意を払い、紅を唇の輪郭より少し厚めに塗ると、余裕に満ちた美女が鏡に映った。

 この化粧の技術はセレスティーヌから教わったものだ。社交界の荒波を乗り切るための助言も、いまだこの身の役に立つ。
 張りぼてでも長年続けると、それなりに板につくものだ。こんなときセレスティーヌはどう振る舞い、どのような受け答えをするだろう。そんな問答(もんどう)を繰り返しながら、今までどうにか乗り切ってきた。

(それもじき終わるわ)

 王妃という大役をこなした褒美(ほうび)に、この腕に可愛い孫を抱く日が間もなくやってくる。それはセレスティーヌが果たせなかった、儚くも大きな夢だ。

 セレスティーヌが亡くなってから、遠く長い道のりだった。生家のザイデル家が王家に反旗(はんき)(ひるがえ)し、本来なら一族ともどもあの時に(つい)えたはずのこの命だ。
 (のこ)されたディートリヒの後添(のちぞ)えとなって、自分が死した後も支えてほしい。そう言ったセレスティーヌは、命ばかりか生き続ける意味をも与えてくれた。

 当時、王妃の座を欲する貴族は多くいた。セレスティーヌの遺言を聞きつけた政敵が、猛反対したのは言うまでもない。再燃(さいねん)したザイデル家の断罪の声と共にイジドーラは死を望まれ、実際に処刑寸前まで追い詰められた。

 そこを押し通し、亡き妻の遺言通りに王妃としてイジドーラを迎い入れてくれたのがディートリヒ王だ。
 セレスティーヌとディートリヒの恩義に、自分は必ず報いねばならない。

(いずれこの身が朽ち果てるまで……)

 入念に化粧を終え、前を見据える。自信に満ちた表情(かお)の王妃が、鏡の向こうで妖艶な笑みを返した。

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