宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
     ◇
 (くさむら)で息をひそめ、ミヒャエルはその時を待った。離宮から王城へと続くこの渡り廊下は、イジドーラ王妃が必ず通るはずだ。

 今宵は王妃の生誕を祝う夜会が開かれる。あの美しい花が命を散らすに、これほどふさわしい日はほかにない。

 (むしば)まれた右手が(うず)く。あれ以来、(くれない)の女神がミヒャエルの祈りに応えることはなかった。赤黒い(けが)れは、焼け(ただ)れるように日増しにこの身を浸食していく。見捨てられたのだと思い至るに、そう長い時間は要さなかった。

(はじめから捨て(ごま)だったのやもしれん)

 だがもはやどうでもいいことだ。最期(さいご)にイジドーラを手に入れる。それを成すためだけに、(おのれ)は今ここにいる。

 あの三日月(みかづき)の夜に、自らが吹いた笛の()が耳によぎった。自由の利かない右腕では、もう曲を奏でることは叶わない。だというのに最期に持ち出したのが、どうしてこの横笛ひとつだったのか。

 地位も、金も、女も。一通りのものは手に入れた。だがこの心が満たされたことは、(ただ)の一度もありはしない。真に欲した宝は、かの王の手により奪われたのだから。

(このまま終わらせるわけにはいかぬ)

 日没間近のまだ明るい空に、白い月が浮かんでいる。あの日よりもさらに細い、糸くずのような二日(ふつか)(づき)だ。

「イジドーラ王妃……」

 幾度呼べばこの手に届くのか。気を抜くと()まれそうになる灼熱に(あらが)いながら、ミヒャエルは遠きを思い、草陰(くさかげ)の中ひたすらその時を待った。

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