宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
     ◇
 叢(くさむら)で息をひそめ、ミヒャエルはその時を待った。離宮から王城へと続くこの渡り廊下は、イジドーラ王妃が必ず通るはずだ。

 今宵は王妃の生誕を祝う夜会が開かれる。あの美しい花が命を散らすに、これほどふさわしい日はほかにない。

 蝕(むしば)まれた右手が疼(うず)く。あれ以来、紅(くれない)の女神がミヒャエルの祈りに応えることはなかった。赤黒い穢(けが)れは、焼け爛(ただ)れるように日増しにこの身を浸食していく。見捨てられたのだと思い至るに、そう長い時間は要さなかった。

(はじめから捨て駒(ごま)だったのやもしれん)

 だがもはやどうでもいいことだ。最期(さいご)にイジドーラを手に入れる。それを成すためだけに、己(おのれ)は今ここにいる。

 あの三日月(みかづき)の夜に、自らが吹いた笛の音(ね)が耳によぎった。自由の利かない右腕では、もう曲を奏でることは叶わない。だというのに最期に持ち出したのが、どうしてこの横笛ひとつだったのか。

 地位も、金も、女も。一通りのものは手に入れた。だがこの心が満たされたことは、唯(ただ)の一度もありはしない。真に欲した宝は、かの王の手により奪われたのだから。

(このまま終わらせるわけにはいかぬ)

 日没間近のまだ明るい空に、白い月が浮かんでいる。あの日よりもさらに細い、糸くずのような二日(ふつか)月(づき)だ。

「イジドーラ王妃……」

 幾度呼べばこの手に届くのか。気を抜くと吞(の)まれそうになる灼熱に抗(あらが)いながら、ミヒャエルは遠きを思い、草陰(くさかげ)の中ひたすらその時を待った。

< 48 / 391 >

この作品をシェア

pagetop