宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 ふと耳にすすり泣くような声が届く。ひそやかに聞こえたそれに、ミヒャエルは引き留められるように足を縫い付けられた。

 すぐそこにある小さなガゼボにひとりの令嬢がいた。姿勢よく椅子に座り、開いた本を熱心に読んでいる。いつか見た令嬢だ。それもあの日ほかの令嬢をこっぴどくやり込めていた、いちばん性格の悪そうな令嬢だった。

 似合っていないきつめの化粧はあの時と同じだ。だがその令嬢は形の良い唇を小さくふるわせながら、薄い水色の瞳からはらはらと涙をこぼしている。
 儚げで今にも消えてしまいそうなその姿を、ミヒャエルは食い入るように見つめていた。

 ゆっくりとページをめくり、時に切なげなため息をつく。最後まで読み終えたのか、本は静かに閉じられた。
 ()れたまつ毛のまま余韻(よいん)を残したように、令嬢は満足げな笑みをやわらかくその口元に乗せた。

 生まれて初めて女性を美しいと思った。その姿は、今まで出会ったどの精霊よりも、ミヒャエルの目には完璧なまでに神々しく映った。

 本を抱え、令嬢は静かに立ち上がる。ふっと息を吐いたのちに姿勢を正し、睨むように正面を見据(みす)えた。
 その表情はまるで戦いに出る直前の騎士のようだ。仮面をかぶるかのような彼女の変化に、ミヒャエルは思った。あの令嬢は貴族社会を生きるために、必死に自分を(つくろ)っているのだと。


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