宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
     ◇
 はっと朦朧(もうろう)としていた意識を戻す。少し気を飛ばしていたようだ。

 震える手のひらを見やる。あの翌日、(にぶ)く光る短剣を神官長の胸に突き立てた。その肉を(えぐ)る感触がいまだこの手に(よみがえ)る。

 話があると真摯(しんし)な態度で会いに行った夜、彼は自分が懺悔(ざんげ)に来たとでも思ったようだ。精悍(せいかん)だった神官長は見る影もなく痩せ衰えていた。何しろこの自分でも容易(たやす)く殺せるほどに、毒で弱らせていたのだから。

 神官長がこと切れたあと、ミヒャエルは(ぞく)が現れたと大声で騒ぎ立てた。自らにも傷をつけ、争ったように部屋を荒らした。
 その数日後、ごろつきの死体が見つかった。それすらもミヒャエルが仕組んだものだ。毒を盛らせた人間も無事に始末した。彼女と自分の輝ける未来に、一点の曇りも残すわけにはいかなかった。

(ようやく貴女(あなた)を救う日がくる)

 彼女の手を取りしあわせにするためだけに、これまで脇目もふらずにやってきた。間もなくこの思いが(むく)われる。血に染まった体を清めながら、ミヒャエルはいつまでも笑いが止まらなかった。

 だがその願いは無慈悲にも打ち(くだ)かれた。そう、ディートリヒ王の手によって。

 王妃の()から明けてすぐ、ディートリヒはイジドーラを後妻に迎えると宣言した。それが亡き王妃の遺言なのだとの名目をもってして。多くの貴族から反発が起こった。しかしそれをものともせず、その一年後にイジドーラは王妃となった。

 あの日々をどう過ごしたのかミヒャエルに記憶はない。気づけば神殿の(おごそ)かな広間の片隅で、ふたりの婚儀を眺めやっていた。

 そこには王に並び立つ自信に満ちたイジドーラがいた。妖艶な笑みを()き、王の顔を見つめている。

 彼女はあんなふうに笑う女だったろうか? いや、あの顔を向けられるのは、王などではなくこの自分だったはずだ。

 その時ようやく怒りが込み上げてきた。イジドーラのためだけに、己はこの手を血で染め上げたというのに。


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