宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「それくらいにしてあげなさい。リーゼロッテが窒息(ちっそく)しそうよ?」

 呆れたような王女の声に、ようやく唇が離れていった。くにゃりと力が入らない体は、ジークヴァルトに預けたままだ。

「公爵様、申し訳ありませんがお時間ですので」
「ああ」

 立ち上がるとジークヴァルトはリーゼロッテの頭を撫でた。

「また会いに来る」
「あっ、ジークヴァルト様!」

 あっさりと出ていこうとする後ろ姿を、追いかけようと立ち上がる。だがバランスを崩して倒れそうになった。後ろから支えられ、なんとかその場に踏みとどまる。

「無理はするな。ゆっくり休め」

 顔だけ振り返ったジークヴァルトはそう言って、別れの余韻(よいん)もなしにそのまま部屋を出て行ってしまった。

 耳に入ってきた王女の笑い声に我に返る。

「申し訳ございません、わたくし……」
「いいのよ。言われた通りゆっくり休むといいわ。ヘッダ、部屋まで付き添ってあげて」

 自分を支えているのがヘッダだということに気づき、リーゼロッテは慌てて寄りかかっていた体を起こした。

「仰せのままに」

 ヘッダは嫌がることもなく、リーゼロッテの手を引き歩き出した。階段を昇るときも気遣うように支えてくれる。部屋に戻るまで、本当にやさしく付き添ってくれた。

「あの、ヘッダ様、ありがとうございます」
「クリスティーナ様のご命令だからよ。あなたのためではないわ」

 最後に冷たく言うと、ヘッダはやはり挨拶もなしに出ていった。

 しんと静まり返る部屋で、窓の外を見た。遠い街並みの向こうの空で、日が傾きかけている。ジークヴァルトはあの王都を越えて、フーゲンベルクの屋敷に帰っていくのだ。

(日が落ちる前に戻れるといいけれど……)

 さみしさが胸いっぱいに広がった。泣きたくなって無意識に胸に手を伸ばす。ぎゅっと掴んだ確かな感触に、リーゼロッテは「あっ」と思わず声を上げた。
 守り石のペンダントがこの胸に下げられている。いつの間に。そうは思ったが、いつといったら先ほど口づけられた時しかないだろう。

(よりにもよって、あのタイミングでキスするなんて)

 急に恥ずかしさが込み上げてきて、違う意味で涙目になる。
 ふたりきりの時間はもっとあったのに、どうしてあんなギリギリなのか。しかも濃厚なディープキスだ。それを王女たちにばっちり見られてしまった。

(穴があったら入りたいっ)

 身もだえながらリーゼロッテは、力尽きるように寝台へと倒れ込んだ。

< 89 / 391 >

この作品をシェア

pagetop