悪役令嬢が多すぎる〜転生者リナの場合〜

その2

 ことの発端は、リナの本屋の常連であるエリーゼ・フォン・ハプスブルク伯爵令嬢が訪ねてきたことだった。

「ねぇ、リナ。相談があるのよ。最近、新人の悪役令嬢が増えすぎて管理がすごく大変なの。何かいいアドバイスはないかしら」
「ツッコミどころしかない質問はさておいて、エリーゼ様、私はただの本屋なんですけど」
「冷静な観察者タイプのあなたなら、いい解決法を提案してくれるんじゃないかと思って。ほら、私の今の役目、あなたも知ってるでしょう?」
「はぁ。確か、“悪役令嬢協定の委員長”でしたっけ?」
「そう。簡単に言えば、王都にいる悪役令嬢たちがバッティングしないよう、スケジュールや縄張り調整をする係ね。たとえばこんな感じ」

 そう言ってエリーゼはリナの前に一冊のノートを広げた。そこには流麗な筆跡でスケジュールらしきものが書かれていた。

——月曜日のスケジュール
⚫︎午前9時〜11時:王都東の公園で、エリーゼの嫌がらせタイム
⚫︎午前11時〜12時:王都西の噴水広場で、カルロッタの高笑い時間
⚫︎午後13時〜15時:王城南のテラスで、マルゴーのお茶会いじめ
⚫︎午後15時〜17時:王城北のバルコニーで、新人悪役令嬢たちのグループ練習

 エリーゼのノートには日付と曜日、時間ごとのスケジュールがびっしりと書き込まれている。

「こんなふうに、悪役令嬢たちのスケジュールを委員会で一元管理しているんだけど、ほら、悪役令嬢って入れ替わりも激しいじゃない? いつの間にか新人が参入してきて、協定を理解しないまま、スケジュールを無視して動いたりされちゃうのよ」
「……入れ替わりが激しいんですか。初耳です」
「そんな新人の動きにベテラン勢が眉を顰めてて、中堅層の私たちに注意するよう、指示を出してくるの。でも中堅層は今が一番脂が乗っていて活躍しどきじゃない? 後輩の面倒を見てる場合じゃないっていうか」
「……中堅層が活躍しどきなんですか。初耳です」
「中には、“新人に嫌われたくないから、注意とかはちょっと……”って見て見ぬフリする子もいて。でもねぇ、そうやって逃げ癖がつくと長い目で見るとその子にとってもマイナスだと思うの。私としてはもっと管理職狙いの子たちも出てきてほしいっていうか」
「……管理職があるんですか。初耳です」
「もう! リナってば、もっと真面目に聞いてちょうだい。私、本当に困ってるのよ」

 ぷんすかと怒っても品の良さが失われないのは、さすが伯爵令嬢と言うべきか。単なる庶民の本屋店員にすぎないリナは、ため息をつきながら首を振った。

「だって私は単なるモブ転生者ですから。悪役令嬢のお役に立つのは荷が重いというか」
「リナは元大手企業の人事担当だったんでしょう? こういう業務整理って得意じゃない。私の前世は図書館の司書だったから、管理の仕事って苦手なのよ」

 今度は涙目になったエリーゼは「それに……」と切実な訴えを漏らした。

「ついにフィリップ王子とフェルナンド騎士団長からクレームが入っちゃったの。先週の火曜、王子は悪役令嬢からの告白を3回断って、騎士団長は悪役令嬢との対決からヒロインを5回守るはめになったのですって。もともとのスケジュールではどっちも1回ずつだったのよ? だけどどこからか野良の悪役令嬢が湧いて出て、スケジュールを乱したみたいで」
「……野良の悪役令嬢までいるんですか、初耳です」
「フィリップ王子が、“ここまで来たら恋愛というより業務じゃないか、俺の純情を返せ!”ってひどくお怒りで……」
「会ったこともない雲の上の王子に激しく同意します」

 絵姿でしか知らない王子サマとやらを哀れに思いつつ、異国から個人輸入した緑茶をすすれば、エリーゼが「私にもおかわりちょうだい」と湯呑みを差し出した。

「はぁ、なんでこんなに悪役令嬢が多い世界に転生しちゃったのかしら、私たち」

 二番茶をたしなみながら、令嬢らしくなくカウンターにつっぷしたエリーゼが吐き出したセリフに、リナも首を縦に揺らして同意するのだった。


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