悪役令嬢が多すぎる〜転生者リナの場合〜
その5
悪役令嬢たちの行動が把握できたところで、次はそれぞれの内情についての調査である。リナはエリーゼに頼んで、悪役令嬢協定に加盟している令嬢たちの面談を行うことにした。
【カルロッタ・デ・メディチ子爵令嬢(16歳)の記録】
「へぇ、リナちゃんってエリーゼ委員長と同じ、日本出身なんだ。いいなぁ。日本のゲームってクオリティ高いよね」
「そういうカルロッタ様はどちらのご出身なんですか」
「あたしはイタリア。やっていたゲームも日本製じゃなくてメイド・イン・イタリーなの。子爵令嬢のくせに悪役令嬢ってなかなかいないでしょ? そこがまた細かいことを気にしないイタリアンクオリティっていうか。マイナーなせいもあって、同じゲーム好きの同志に全然会わないのが悩みかな」
くるくるとした黒髪に紺碧の瞳、褐色ぎみの肌。16歳という若々しさに陽気な気質が相俟って、リナの知っている悪役令嬢の風貌とは一線を画している彼女は、悪役令嬢デビューを果たしてまだ三ヶ月の新人だった。
「以前、ここから数ブロック先の行列ができるスイーツカフェに来てましたよね」
「もしかして聖女とフェルナンド騎士団長がお茶してたときのこと?」
ジャパニーズグリーンティーをおいしいそうにすすりながら、カルロッタは朗らかに笑った。
「あの日は噴水広場で、聖女をかばう団長と対決する予定だったの。あたしってばイタリア時間がなかなか抜けなくて、よくイベントに遅刻しちゃうのよね。だけど悪役令嬢協定って時間にうるさくて、しょっちゅう注意されるから、あの日は頑張って早く出かけたんだ。そしたらカフェで聖女と団長がお茶してて、しかも先にいたマルゴー様が対決イベントしようとしてるじゃない。いくらベテラン悪役令嬢だからって、横取りはないわよね。マルゴー様って歳のせいか、最近ノルマがこなせなくなって大変らしいの。かわいそうだなとは思うけど、でもそれはそれ、これはこれっていうか」
毛先をくるくると弄びながら、カルロッタは口を尖らせた。その口調に、まだ話し足りない不満が見え隠れてしていると読み取ったリナは、さらに質問を重ねた。
「悪役令嬢をしていて大変だと思ったことはないですか」
「あー、そうね。ちょっと予算が厳しいっていうか。ほら、うち、子爵家じゃない? 下位貴族だからお小遣いも少ないのよ。悪役令嬢用の小道具って結構お高いから、月末になるとカツカツになって、クオリティが保てないのよね」
「悪役令嬢のクオリティ……ちなみに小道具ってどんなものを使ってるんですか?」
「ドレスとかアクセサリーとか靴とかは親が買ってくれるので間に合わせてる。それをもっとダークに見せるために黒レースとか買ってきて、自分でアレンジはしてるけど。一番お金がかかるのは黒薔薇かな。あれって消耗品だから使い回しができなくて」
「く、黒薔薇ですか? 乙女ゲームにそんなの出てきましたっけ?」
「あたしがやっていたイタリアのゲームは“薔薇の学園〜清き花こそ咲き乱れる〜”ってゲームなの。学園の令嬢たちは薔薇を育てることを競っていて、悪役令嬢の薔薇が黒薔薇だったのよ。これが小道具として使われるんだ」
カルロッタの話では、悪役令嬢が関わるイベントの現場には必ず黒薔薇が残されているらしい。ヒロインの教科書が破られた教室にも、ヒロインが突き落とされた階段にも、髪飾りやハンカチではなく黒薔薇。悪役令嬢が立ち去ったあとには必ず黒い花びらが点々と残っているのだそうだ。
何それホラーじゃん悪いことできないじゃんと思ったことはおくびにも出さず、リナは「へぇ、そうなんですね」と相槌を打った。前世は大企業の人事担当だったリナは、労務の経験もあり、カウンセリングのいろはを知っていた。傾聴の姿勢はとても大事だ。
「だけど黒薔薇ってこの世界にはないから、自作しないといけないの。イベント前夜はメイドたちにも手伝ってもらって、赤い薔薇を黒いインクで塗って花びらを大量生産してるんだ。おかげで寝不足になって遅刻するっていう負の無限ループだよ」
「まだ16歳なのに内職とは、なんて無駄な……いえ、健気な努力ですね」
深いため息をつくカルロッタの目の下には、うっすらとクマが見えた。ティーンネイジャーだからお肌はぴちぴちだが、いつまでも続くと思わない方がいいのが若さ貯金だ。
最近乾燥がよりひどくなった己の頬をさすりつつ、リナは軽いジャブを打つことにした。
「カルロッタ様はどうして悪役令嬢になろうと思ったんですか?」
「え? だって、悪役令嬢に転生しちゃったんだもの。だから、なんとなく?」
「確かに悪役令嬢であるカルロッタ・デ・メディチという令嬢に転生したことはそうでしょう。でも必ずしもゲームのカルロッタと同じ生き方をしなくてもよかったのではないのですか?」
「カルロッタに生まれ変わって、カルロッタじゃない生き方をするの? そんなこと……できるのかな。考えてみたこともなかった」
「カルロッタ様はまだ16歳です。その歳で生き方を決めるのは早すぎるんじゃないでしょうか。前世の感覚でいったらまだ高校生です。自分が高校生のとき、もう将来を決めていましたか?」
「あたし、前世では病弱で……。16になる前に病気で死んじゃったんだ」
「まぁ……それは、失礼なことを聞いてしまいました。大変申し訳ありません。」
「ううん! 前世のことはもういいの。だいぶ忘れちゃったし、そもそもリナちゃんのせいじゃないしね」
あっけらかんと笑ったカルロッタだったが、ふと何かを思い出したように呟いた。
「前世でさ、ママが作ってくれるミートソースのパスタが大好物だったんだよね。だけどあたしはずっと病院にいたから、なかなか食べられなくて。元気になったらママと一緒にお料理がしたいってずっと思ってた。ママは料理が得意でね、ほかにもおいしいものいっぱい作ってくれてたんだ。今でもあの味だけはちゃんと覚えてる」
思い出を刺激されたのか、ぽろぽろと泣き始めたカルロッタは、とても多感な少女のようだった。悪役令嬢らしい厚化粧や身体のラインを強調するドレスと清らかに流れ落ちる涙が、なんとも不釣り合いだと思った。
【カルロッタ・デ・メディチ子爵令嬢(16歳)の記録】
「へぇ、リナちゃんってエリーゼ委員長と同じ、日本出身なんだ。いいなぁ。日本のゲームってクオリティ高いよね」
「そういうカルロッタ様はどちらのご出身なんですか」
「あたしはイタリア。やっていたゲームも日本製じゃなくてメイド・イン・イタリーなの。子爵令嬢のくせに悪役令嬢ってなかなかいないでしょ? そこがまた細かいことを気にしないイタリアンクオリティっていうか。マイナーなせいもあって、同じゲーム好きの同志に全然会わないのが悩みかな」
くるくるとした黒髪に紺碧の瞳、褐色ぎみの肌。16歳という若々しさに陽気な気質が相俟って、リナの知っている悪役令嬢の風貌とは一線を画している彼女は、悪役令嬢デビューを果たしてまだ三ヶ月の新人だった。
「以前、ここから数ブロック先の行列ができるスイーツカフェに来てましたよね」
「もしかして聖女とフェルナンド騎士団長がお茶してたときのこと?」
ジャパニーズグリーンティーをおいしいそうにすすりながら、カルロッタは朗らかに笑った。
「あの日は噴水広場で、聖女をかばう団長と対決する予定だったの。あたしってばイタリア時間がなかなか抜けなくて、よくイベントに遅刻しちゃうのよね。だけど悪役令嬢協定って時間にうるさくて、しょっちゅう注意されるから、あの日は頑張って早く出かけたんだ。そしたらカフェで聖女と団長がお茶してて、しかも先にいたマルゴー様が対決イベントしようとしてるじゃない。いくらベテラン悪役令嬢だからって、横取りはないわよね。マルゴー様って歳のせいか、最近ノルマがこなせなくなって大変らしいの。かわいそうだなとは思うけど、でもそれはそれ、これはこれっていうか」
毛先をくるくると弄びながら、カルロッタは口を尖らせた。その口調に、まだ話し足りない不満が見え隠れてしていると読み取ったリナは、さらに質問を重ねた。
「悪役令嬢をしていて大変だと思ったことはないですか」
「あー、そうね。ちょっと予算が厳しいっていうか。ほら、うち、子爵家じゃない? 下位貴族だからお小遣いも少ないのよ。悪役令嬢用の小道具って結構お高いから、月末になるとカツカツになって、クオリティが保てないのよね」
「悪役令嬢のクオリティ……ちなみに小道具ってどんなものを使ってるんですか?」
「ドレスとかアクセサリーとか靴とかは親が買ってくれるので間に合わせてる。それをもっとダークに見せるために黒レースとか買ってきて、自分でアレンジはしてるけど。一番お金がかかるのは黒薔薇かな。あれって消耗品だから使い回しができなくて」
「く、黒薔薇ですか? 乙女ゲームにそんなの出てきましたっけ?」
「あたしがやっていたイタリアのゲームは“薔薇の学園〜清き花こそ咲き乱れる〜”ってゲームなの。学園の令嬢たちは薔薇を育てることを競っていて、悪役令嬢の薔薇が黒薔薇だったのよ。これが小道具として使われるんだ」
カルロッタの話では、悪役令嬢が関わるイベントの現場には必ず黒薔薇が残されているらしい。ヒロインの教科書が破られた教室にも、ヒロインが突き落とされた階段にも、髪飾りやハンカチではなく黒薔薇。悪役令嬢が立ち去ったあとには必ず黒い花びらが点々と残っているのだそうだ。
何それホラーじゃん悪いことできないじゃんと思ったことはおくびにも出さず、リナは「へぇ、そうなんですね」と相槌を打った。前世は大企業の人事担当だったリナは、労務の経験もあり、カウンセリングのいろはを知っていた。傾聴の姿勢はとても大事だ。
「だけど黒薔薇ってこの世界にはないから、自作しないといけないの。イベント前夜はメイドたちにも手伝ってもらって、赤い薔薇を黒いインクで塗って花びらを大量生産してるんだ。おかげで寝不足になって遅刻するっていう負の無限ループだよ」
「まだ16歳なのに内職とは、なんて無駄な……いえ、健気な努力ですね」
深いため息をつくカルロッタの目の下には、うっすらとクマが見えた。ティーンネイジャーだからお肌はぴちぴちだが、いつまでも続くと思わない方がいいのが若さ貯金だ。
最近乾燥がよりひどくなった己の頬をさすりつつ、リナは軽いジャブを打つことにした。
「カルロッタ様はどうして悪役令嬢になろうと思ったんですか?」
「え? だって、悪役令嬢に転生しちゃったんだもの。だから、なんとなく?」
「確かに悪役令嬢であるカルロッタ・デ・メディチという令嬢に転生したことはそうでしょう。でも必ずしもゲームのカルロッタと同じ生き方をしなくてもよかったのではないのですか?」
「カルロッタに生まれ変わって、カルロッタじゃない生き方をするの? そんなこと……できるのかな。考えてみたこともなかった」
「カルロッタ様はまだ16歳です。その歳で生き方を決めるのは早すぎるんじゃないでしょうか。前世の感覚でいったらまだ高校生です。自分が高校生のとき、もう将来を決めていましたか?」
「あたし、前世では病弱で……。16になる前に病気で死んじゃったんだ」
「まぁ……それは、失礼なことを聞いてしまいました。大変申し訳ありません。」
「ううん! 前世のことはもういいの。だいぶ忘れちゃったし、そもそもリナちゃんのせいじゃないしね」
あっけらかんと笑ったカルロッタだったが、ふと何かを思い出したように呟いた。
「前世でさ、ママが作ってくれるミートソースのパスタが大好物だったんだよね。だけどあたしはずっと病院にいたから、なかなか食べられなくて。元気になったらママと一緒にお料理がしたいってずっと思ってた。ママは料理が得意でね、ほかにもおいしいものいっぱい作ってくれてたんだ。今でもあの味だけはちゃんと覚えてる」
思い出を刺激されたのか、ぽろぽろと泣き始めたカルロッタは、とても多感な少女のようだった。悪役令嬢らしい厚化粧や身体のラインを強調するドレスと清らかに流れ落ちる涙が、なんとも不釣り合いだと思った。