悪役令嬢が多すぎる〜転生者リナの場合〜

その6

【マルゴー・ドゥ・ポンパドール侯爵令嬢(22歳)の記録】

「はじめまして。どうぞマルゴーとお呼びくださいな。リナさん。エリーゼ様のご友人だとか。ということはあなたも日本人でいらしたのかしら」
「はい、そうです。マルゴー様はもしかしてフランスの方ですか?」
「えぇ。日本の乙女ゲームのクオリティには敵わないかもしれませんが、わたくしがプレイしていたものも素敵だったんです。“夜伽を狙え〜冷酷王の愛憎ハーレム〜”っていうんですけれど、日本版も発売されていたはずですわ。ご存知ない?」
「ええっと……ちょっと存じ上げないんですが、もしかしてジュウハチキ……」

 頬を赤らめるリナに対して「あら、リナさんたら、案外ウブですのね」と妖艶に微笑みつつ、マルゴーは優雅な手つきでグリーンティーに口をつけた。

「それで、わたくしにどんなことがお聞きになりたいんですの?」
「マルゴー様が悪役令嬢をなさっていることについて、全般的に伺えたらと思うのですが。マルゴー様はこの世界でどれくらい悪役令嬢をなさってるんですか?」
「わたくしが悪役令嬢として目覚めたのは14のときだから、かれこれ8年になるかしら」

 はぁ、と長い息をつきながら、マルゴーが懐かしむようにアイシャドウ盛り盛りの目を細めた。

「わたくし、前世は40代の主婦だったんですの。夫が職を転々とするような人で、家計の足しにと近所のパン屋でパートをしていました。けれど職場ではおばさんと嘲笑され、家に帰れば一人息子はひどい反抗期。週末は実家の両親の介護で休む暇もなくて……。このまま擦り切れたように人生を送っていくのかしらと思っていたところに、ある日頭の上に金魚鉢が落ちてきて。それが前世最後の記憶ですわね」
「なぜに金魚鉢……いえ、悲しい事故だったんですね」
「でもそれはもういいのよ。生まれ変わった先は侯爵令嬢で、しかも14歳。花の盛りをもう一度体験できるって、当時は世界がぱあっと晴れ渡ったみたいにうれしかったものですわ」

 くすくすと微笑む姿に、年相応の落ち着いた華やぎが滲んでいた。マルゴーの話では、夜な夜な熱中していたゲームの悪役令嬢に転生していることを、はじめは喜んだらしい。

「でも、最近は歳のせいか、以前のような情熱を持って役目に臨めなくなってしまって。10代の頃と比べて化粧ノリも悪いし、腰を痛めてからは10センチヒールも履けなくなってしまったんですの。そうなると舞踏会イベントはともかく、ヒーローの踏みつけイベントは参加自体が難しいでしょう? 以前のようにフルタイムで悪役令嬢ができなくて、時間が空いたものですから、最近はエリーゼ様にお願いして新人指導の仕事を回してもらっているんですの」
「……踏みつけイベントが気になりますが、本件とは直接的な関わりがないので見送ります。それで、新人指導というのは?」
「私の若い頃は誰かに体系的に教えてもらえるような機会がなくて、悪役令嬢デビューしても独学でやるしかなかったんですの。右も左もわからない世界で、本当に苦労したものですわ。一番悩んだのは、濡れ場をどこまで解禁するかで……ほら、18歳以上と以下では許されるものが違いますでしょう? 媚薬の容量とか、道具の使用範囲とか」
「その情報も本件とは直接的な関わりがないので! 教えてくれなくていいです!」

 全力でお断りすれば、マルゴーは「あらまぁ、かわいらしいこと」と流し目を作りながら、グリーンティーのおかわりを求めてきた。

「まぁ、そうした事情から、新人のうちこそベテラン勢が手取り足取り教えてあげるべきじゃないかと思いましたの。いわゆるOJTというものですわね。スール制度と言ってもいいかもしれません。そうそう、この制度を取り入れてから悪役令嬢同士の百合展開も生まれて……」
「その展開も気にならなくはないですが、本件とは直接的な関わりがないので! お話の続きをお願いします!」
「あら、リナさんは百合はお嫌い? もしかして薔薇派?」
「薔薇はある意味カルロッタ様の専売特許ですから、私のような庶民には手の届かない高貴な花ですね!」

 強引に話を捻じ曲げると、マルゴーは「まぁ、カルロッタ様をご存知なのですね」と呟いた。

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