悪役令嬢が多すぎる〜転生者リナの場合〜

その7

「わたくしの指導した子ではないのですが、近年には珍しい情熱的な悪役令嬢だと評判ですわ。彼女の新人研修を担当した方も、久々に大型新人爆誕の予感と評価していましたもの。少し情熱が前のめりして、浮いているというお話もありますが……。そうそう、この間、ここから数ブロック先にある行列のできるスイーツカフェでばったり彼女と行き合ったんです」
「そういえばあのとき馬車から降りてきた悪役令嬢って、マルゴー様でしたね」

 爆走していた馬車のことを思い出して頷けば、「まぁ、あれをご覧になっていたんですの、恥ずかしいわ」と彼女が顔を赤く染めた。

「あのカフェでの悪役令嬢イベントは最近とても人気なんです。わたくしもベテランとして新人指導を担当している以上、一度は体験しておかねばと思って予約したのですけれど、最近は化粧ノリが悪いこともあって身支度に手間取ってしまって」
「……予約がカフェのじゃなくて、まさかの悪役令嬢イベントの予約」
「それで、十分な準備もできないまま乗り込むことになってしまって。ベテランの意地でかろうじて決めゼリフだけは決めましたけれどね」
「……やけに唐突なセリフ展開だと思ったら、そうした裏事情」
「聖女様にもフェルナンド騎士団長にも申し訳ないことをいたしました。わたくしの悪役令嬢ぶりがお粗末だと、呆れて出ていかれたのではないかと」
「……謝罪が完全に斜め方向」

 リナの言葉も聞こえないくらい落ち込んだマルゴーは、またしても色っぽいため息をついた。

「確かに昔はフィリップ王子にもフェルナンド騎士団長にもときめいていましたわ。告白イベントのときは数日前から全身のお手入れをしたり、どんなリクエストが来ても耐えられるよう柔軟運動をしたりと頑張っておりました。でも最近はそんな情熱も薄まって……完全に流れ作業になってしまっている気がするんですの」
「リクエストってなんのリクエス……いえ、本件には関係がないのでスルーでいいです」

 もにょもにょと言葉を濁しつつ、リナは軽く咳払いしてマルゴーに向き直った。

「マルゴー様は、この先もずっと悪役令嬢でいたいのですか?」

 リナの問いかけに、彼女が一瞬はっとした。

「この先もって……だってわたくしは生まれながらの悪役令嬢で。それ以外の生き方なんてしたことなくて」
「確かにゲームの悪役令嬢マルゴー・ドゥ・ポンパドールに生まれ変わったのでしょうが、だからといってマルゴー様が好きに生きていけないわけではありませんよ」
「でも、わたくしの存在意義が」
「私が思うに、マルゴー様はとても優しく、視野が広い方です。前世でのマルチな働きぶりもそうですし、今世でも自身が苦労した経験から新人指導を思いついて実践するなんてこと、誰もができることではありません。そうしたマルゴー様らしい生き方を模索してみるのもいいのではないでしょうか」
「わたくしらしい生き方……わたくし、悪役令嬢でなくてもいいの?」
「マルゴー様は立派な悪役令嬢を演じてこられました。それは王都中の人間が認めています。この辺りで第二の人生を探してみてもいいのではないでしょうか」

 リナがそっと頷いてみせれば、彼女は感極まったように瞳を潤ませた。

「わたくし、もう22歳で、いったいいつまで悪役令嬢でいなければいけないのかと思っていて……。両親は好きにすればいいって言ってくれますけれど、内心はそろそろ結婚して落ち着いてほしいと思っているのではないかとか、いろいろ考えてしまって」
「もう22歳なんて言わないでください。まだ22歳ですよ。それにご両親の思いも大切ですが、一番大事なのはマルゴー様の思いです。マルゴー様の人生を決めるのはマルゴー様自身ですから」

 リナの言葉を聞いていたマルゴーの頬に、ぽろっと一粒の涙がこぼれ落ちた。水晶のようなその輝きは、彼女が身につけている派手な宝石よりも透明で美しかった。

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