明日からちゃんと嫌いになるから
だから、お母さんがいるほかの子たちが羨ましかった。そして、そういう家庭であっても、新しい母親ができる可能性を知ったのも、幼稚園の頃だったはず。

祖母が再婚を勧め、父が断る……そういう会話を聞いたのだ。「六花にだって母親がいた方がいい」と祖母は言ったがその通りだと思った。

でも父は「関係がうまくいくかはわからない」とそれを拒否していた。



柴田親子と出会ったのは、六花が小学校一年のときだ。

「お兄ちゃんが、一緒に学校に行ってくれるの?」

宮下家の斜め向かいのアパートに住む、四つ年上の少年が柴田泉だった。

家の周辺はこの地に古くから住んでいるいわゆる地主と、景気がよかった時代にその地主たちが余った土地に建てたアパートなどの貸家がいくつかあるだけで、若い世代の流入が少なく、小さい子どもを持つ家庭が減少していた。

ちょうどこの年、近所で小学校に通うのは泉と六花だけで、二人は学校の決まりで一緒に登校することになった。

泉は面倒見がよく、六花はすぐに彼のことが大好きになった。六花が朝ぐずぐずしていると、泉がわざわざ家に迎えに来てくれることもあった。特に忘れられないのが、最初に雪が降った日だ。

六花は、シャーベット状のぐちゃぐちゃの雪道に苦戦していた。これまでも六花のペースに合わせてくれていた泉だったが、この日はいつもよりさらに遅くなり、ついに途中で立ち止まってしまう。

「いっちゃん、待って……おいていかないで。六花、転んじゃうから」

「ほら、しょうがないな」

そうやって、泉は手を差し出してくれた。そこから六花は雪の日が好きになった。泉にそのことを伝えると彼はよしよしと頭を撫でてくれた。

「よかったな。〝六花〟は雪の結晶のことだから、自分で自分のことが嫌いじゃ悲しい」

「六花、雪の結晶なの?」

自分の名前に使われている漢字、「六」も「花」も学校で習ったばかりだ。漠然と、花がついているからかわいくていいと思っていた。でもなぜ、花が雪になるのだろう?

「たぶん。冬生まれだろう? 由来……聞いてないのか?」

「うん。たぶんママがつけたから」

六花がそう答えると、泉は雪の結晶が六角形で花のように綺麗だからと教えてくれた。しかもひとつとして同じ物がないということも。おかげで自分の名前が特別なものに思えてきた。

「いっちゃんは物知りだね」

「五年生だからな」

放課後もたまに六花の相手をしてくれて、あとになって思えばそれは理由あってのことだったのだが、当時の六花はただ、泉が優しいからだと思っていた。

そして、母の真由美も。

「いらっしゃい、六花ちゃん」

柴田家のアパートに遊びに行くと、手作りのお菓子をくれた。真由美は看護師で夜勤も多いのに、家にいるときは忙しさや疲れを感じさせない人だった。

「うわぁ! うさぎさんのホットケーキ。六花、こんなにかわいいおやつはじめて」

バナナをウサギの耳に見立てたデコレーションのホットケーキを出してもらい、感動した。真由美は六花が夢に見た、理想の母親だった。

六花の次に柴田家と仲よくなったのは祖母だった。シングルマザーの真由美と、幼い孫の面倒をみている祖母……互いの存在を知り、困ったときに協力しはじめたのだ。

 
六花の記憶の中では、父と真由美が六花の前で顔を合わせていたのは、運動会のときくらいだった。

しかし職場では理事長とその病院の看護師という関係で、真由美は父にかなり気を使ってぎこちなかった。二人が仲よくなればいいと思っていた六花は、ちょっと残念に思った。

そのお願いをしてしまったのは、小学校二年生のクリスマスでのことだった。父から、プレゼントはなにがいいと聞かれ、本当にほしいものを正直に答えてしまった。

「おもちゃも服もいらないから、お母さんとお兄ちゃんがほしい。いっちゃんと、いっちゃんのお母さんが、本物のお兄ちゃんとお母さんになってくれたら最高なのに!」

当然願いは叶わず、この年のクリスマスには特に欲しくもなかった流行りのゲーム機が届いた。

これなら、欲しいものを素直に頼めばよかったと後悔して、翌月の誕生日はおもちゃを頼んだ。

けれど子どもの知らないところで、大人たちは動いていた。翌春に、父が真由美との再婚を伝えてきたとき、六花は大泣きしながら、飛び跳ねて喜んだ。


そこから六花は世界一幸せな女の子になった気がする。

優しい兄と、優しい継母。祖母も含めて家族の関係は良好で、友達にはうらやましがられた。

 
再婚は泉が小学校を卒業したタイミングで、四つ離れている六花と泉は当然同じ学校に通うことはなかった。

でも家にいると六花に勉強を教えてくれたり、一緒にゲームをしてくれたり……真由美と買い物に行くときも付き合ってくれたり、彼は六花のことを大切にしてくれた。

だから六花が泉のことを「好き」になるのは、当然のことだった。
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