明日からちゃんと嫌いになるから
(二日酔い?)
泉自身も機嫌が悪いというより、気分が悪そうにも見える。
昨晩の泉はさほど酔っているように見えなかった。でも実はそうではなかったのだろうか?
二日酔いは、翌日の夕方まで残るのだろうか?
酔うほど飲んだことのない六花にはわからない。
「あの……昨日は本当に申し訳ありませんでした」
まず、昨晩の自分の行いを詫びると、泉は顔をしかめた。
「そういうの、いいから。それだけなら気にしてないから、帰って」
きっと思い出したくもないのだろう。わざわざ掘り返すなと言いたげだ。でも、六花がここを訪ねた理由は別にある。
「それだけじゃなくて、あの……聞きたいことがあります。答えていただいたら、すぐに帰るので……」
「なに?」
「あのっ……お父さんとお義母さんが、好き合って結婚したわけじゃないって知ってましたか?」
「…………知ってたよ」
やっぱりそうなんだ。六花は納得した。でも、もうひとつの懸念……こちらはどうなのだろう?
どうか自分の勘違いでありますようにと、祈るような気持ちで……それでも泉の感情の変化を見逃すまいと、彼を必死に見つめながら問いかけた。
「私が……そう願ってしまったから?」
一瞬、泉の瞳が揺れた。そして深いため息が聞こえてくる。
今日、祖母と継母の話を聞いて気づいてしまった。両親の再婚に六花が深く関わっていて、そこからはじまった偽物家族が嫌になったことも、泉が宮下を離れた理由のひとつなのでは? ……と。
発端が六花にあることについて、泉は明確な返事をしてくれなかった。そして返事をしなかったことが、ほぼ答えになっている。
「私だけ、なにもわかっていなくて……」
知らなかったことが恥ずかしい。元凶である自分だけが、いつだって守られていた。
泉はそれを、どれほど苦々しく思っていただろう。想像しただけで自分が許せなくて、吐き気がしそうだ。
「母さんは今では君のことを、本当の娘のように思ってる。それに義父さんには感謝してる。再婚前に母さんが苦労してたことは覚えているだろう? 俺は義父さんに大学にまで行かせてもらった」
「でもお金で……お父さんはお金と自分の立場を利用して、娘の面倒をみさせるためにお義母さんを看護師の仕事から退かせて、私の母親役を押しつけたんですよね? それに泉さんもきっと、私と父に振り回された被害者なんですよね? 進路だって……!」
「……そういう言い方をする必要はないよ。義父さんには期待に応えられず申し訳なかったと、今でも思ってる」
期待に応えられなかったというのは少し違うと六花は思った。父はきっと泉の気持ちを無視して医師になるように圧をかけた。そして泉は……。
「泉さんが高校生のとき、最後の大事な試験で失敗したのは、わざとだったんじゃないですか……?」
父が決めた道を、進むだけの能力が本当はあったはず。それくらい優秀な人だ。でも、最後にそれを自分の意思で外してきたのだ。当時泉が抱えていただろう葛藤や息苦しさに気づかなかった六花は、救いようのない愚か者だった。
『お医者さんになれなくても、なにも変わらないよ。私はいっちゃんが大好き』
六花はあのとき、なんと的外れな言葉を彼にかけていたのか。恥ずかしくてしかたない。
「本当に、今まで申し訳ありませんでした」
祖母が言っていた。「あなたたち親子を引き離してしまったみたいで……」と、きっとそのとおりだ。真由美と泉の親子をどれだけ振り回していたのか。
六花は深々と頭を下げる。これは今までとは違う、心からの謝罪だ。
「頼むから謝らないでくれ。俺はどうすればいいかわからなくなる。……傷つけたかったわけじゃない。ただもう、別の道を歩いてると知ってほしかった」
「……今度こそちゃんとわかりました。月曜から……もうそう長くはないはずなので会社では普通に接していただけると助かります」
「ああ……」
「……帰ります」
泣くことは、決してできない。許される立場ではないと、ようやく理解した。これ以上周囲に迷惑をかけないよう、わがままで子どもっぽい自分ともお別れしなければ……。
子どもじゃないから、もう二度と泣かない。六花は、密かに誓った。
§
「どうして、六花にはママがいないの?」
生まれてすぐに病気で母を亡くした六花は、物心ついた頃から頻繁にそんな質問をしてしまっていた。
「ごめんな、六花。だがお母さんがいないわけじゃないんだ。ほらここに写真があるだろう」
そうやって父は、リビングに飾ってある写真を示す。綺麗で儚い、写真の中だけの母を。
「六花のママは、運動会に来てくれない……。かわいいお弁当も作ってくれない……」
生まれてきてからそれが当たり前だった。母は写真立ての向こう側から見守ってくれるだけの存在だと、理解もしていた。
それに面倒をみてくれる祖母のことは大好きだ。
……でもほかの友達との差を感じてしまうのも事実。幼稚園では母親が一緒に参加する行事も多く、祖母が世代の違う人たちとすべて同じようにこなすのは難しかった。
泉自身も機嫌が悪いというより、気分が悪そうにも見える。
昨晩の泉はさほど酔っているように見えなかった。でも実はそうではなかったのだろうか?
二日酔いは、翌日の夕方まで残るのだろうか?
酔うほど飲んだことのない六花にはわからない。
「あの……昨日は本当に申し訳ありませんでした」
まず、昨晩の自分の行いを詫びると、泉は顔をしかめた。
「そういうの、いいから。それだけなら気にしてないから、帰って」
きっと思い出したくもないのだろう。わざわざ掘り返すなと言いたげだ。でも、六花がここを訪ねた理由は別にある。
「それだけじゃなくて、あの……聞きたいことがあります。答えていただいたら、すぐに帰るので……」
「なに?」
「あのっ……お父さんとお義母さんが、好き合って結婚したわけじゃないって知ってましたか?」
「…………知ってたよ」
やっぱりそうなんだ。六花は納得した。でも、もうひとつの懸念……こちらはどうなのだろう?
どうか自分の勘違いでありますようにと、祈るような気持ちで……それでも泉の感情の変化を見逃すまいと、彼を必死に見つめながら問いかけた。
「私が……そう願ってしまったから?」
一瞬、泉の瞳が揺れた。そして深いため息が聞こえてくる。
今日、祖母と継母の話を聞いて気づいてしまった。両親の再婚に六花が深く関わっていて、そこからはじまった偽物家族が嫌になったことも、泉が宮下を離れた理由のひとつなのでは? ……と。
発端が六花にあることについて、泉は明確な返事をしてくれなかった。そして返事をしなかったことが、ほぼ答えになっている。
「私だけ、なにもわかっていなくて……」
知らなかったことが恥ずかしい。元凶である自分だけが、いつだって守られていた。
泉はそれを、どれほど苦々しく思っていただろう。想像しただけで自分が許せなくて、吐き気がしそうだ。
「母さんは今では君のことを、本当の娘のように思ってる。それに義父さんには感謝してる。再婚前に母さんが苦労してたことは覚えているだろう? 俺は義父さんに大学にまで行かせてもらった」
「でもお金で……お父さんはお金と自分の立場を利用して、娘の面倒をみさせるためにお義母さんを看護師の仕事から退かせて、私の母親役を押しつけたんですよね? それに泉さんもきっと、私と父に振り回された被害者なんですよね? 進路だって……!」
「……そういう言い方をする必要はないよ。義父さんには期待に応えられず申し訳なかったと、今でも思ってる」
期待に応えられなかったというのは少し違うと六花は思った。父はきっと泉の気持ちを無視して医師になるように圧をかけた。そして泉は……。
「泉さんが高校生のとき、最後の大事な試験で失敗したのは、わざとだったんじゃないですか……?」
父が決めた道を、進むだけの能力が本当はあったはず。それくらい優秀な人だ。でも、最後にそれを自分の意思で外してきたのだ。当時泉が抱えていただろう葛藤や息苦しさに気づかなかった六花は、救いようのない愚か者だった。
『お医者さんになれなくても、なにも変わらないよ。私はいっちゃんが大好き』
六花はあのとき、なんと的外れな言葉を彼にかけていたのか。恥ずかしくてしかたない。
「本当に、今まで申し訳ありませんでした」
祖母が言っていた。「あなたたち親子を引き離してしまったみたいで……」と、きっとそのとおりだ。真由美と泉の親子をどれだけ振り回していたのか。
六花は深々と頭を下げる。これは今までとは違う、心からの謝罪だ。
「頼むから謝らないでくれ。俺はどうすればいいかわからなくなる。……傷つけたかったわけじゃない。ただもう、別の道を歩いてると知ってほしかった」
「……今度こそちゃんとわかりました。月曜から……もうそう長くはないはずなので会社では普通に接していただけると助かります」
「ああ……」
「……帰ります」
泣くことは、決してできない。許される立場ではないと、ようやく理解した。これ以上周囲に迷惑をかけないよう、わがままで子どもっぽい自分ともお別れしなければ……。
子どもじゃないから、もう二度と泣かない。六花は、密かに誓った。
§
「どうして、六花にはママがいないの?」
生まれてすぐに病気で母を亡くした六花は、物心ついた頃から頻繁にそんな質問をしてしまっていた。
「ごめんな、六花。だがお母さんがいないわけじゃないんだ。ほらここに写真があるだろう」
そうやって父は、リビングに飾ってある写真を示す。綺麗で儚い、写真の中だけの母を。
「六花のママは、運動会に来てくれない……。かわいいお弁当も作ってくれない……」
生まれてきてからそれが当たり前だった。母は写真立ての向こう側から見守ってくれるだけの存在だと、理解もしていた。
それに面倒をみてくれる祖母のことは大好きだ。
……でもほかの友達との差を感じてしまうのも事実。幼稚園では母親が一緒に参加する行事も多く、祖母が世代の違う人たちとすべて同じようにこなすのは難しかった。