明日からちゃんと嫌いになるから
「はじめまして、北陸事業所から参りました宮下です。よろしくお願いいたします」
展示会のスタッフを統括しているのは、三十前後とおぼしき北島という名の男性社員だった。普段は広報の課長職にあるらしい。六花が挨拶をすると、気さくな感じで「来てくれてありがとねー」と、スタッフジャンパーを手渡してくる。
さりげなく周囲を確認すると、わりとラフに上着を脱いで、ワイシャツやカットソーの上からジャンパーを羽織っているようだ。
(そっか、スーツのジャケット3つもいらなかった……)
泉の荷物の量から、なんとなく着ている分とあわせてスーツの替えを持参していないだろうと察してはいたが、六花は同じではまずいと、三日分持ってきてしまったのだ。
六花がもう済んだ余計なことでいろいろ考えているあいだに、北島は泉と親しげに話しはじめていた。
「柴田、久しぶり! いやぁほんと助かった」
「困ったときはお互い様。ご指名ありがとう」
「部で二十人いる営業のうち六人が出勤できない状態でね。俺はここから離れられないし、これ以上本社から応援呼べないし、もうお前がきてくれなかったらどうしようかと思ったよ」
二人の気やすさに気づき、六花がやりとりを眺めていると「同期なんだ」と泉が説明してくれた。
そして、もう一人……。
「柴田くん、久しぶり」
そこに別の人物、見覚えのある女性が現れて泉に声をかけてくる。
ストレートのサラサラとした黒髪と、意思の強そうな美しい顔立ちの女性。
(あ、この人……いっちゃんの昔の彼女だ……)
六花が入社一年目の時に北陸事業部にいた、泉の同期で恋人だった、汐見凛子がそこにいた。
凛子はジャンパーを着用していたから、展示会のスタッフとしてここにいるようだ。泉と凛子の現在の関係は六花の知る由もないことだが、彼女が泉との再会をとても喜んでいることはすぐに伝わってきた。
北島を含めたこの三人は、本社の総合職として入社した同期らしく、六花はその輪に入っていくことはできない。しばらくただその場に佇んでいると、凛子が六花のほうに視線を移してきた。
「あら、もしかして……宮下のお嬢さん?」
六花と凛子が同じ職場で働いていたのはわずか一年のあいだで、部署も違ったので会話を交わしたことはない。
六花は「泉の恋人」として相手を意識していたが、凛子のほうも六花のことを知っていたらしい。泉が話したのだろうか?
正直「宮下のお嬢さん」と呼ばれることは気に入らなかったが、それは顔に出さないようにした。はじめましてと言うのもなんだかおかしいので、再会の挨拶をする。
「汐見さん、お久しぶりです」
「あら、私の名前を覚えていてくれたの。……嬉しいわ。北陸からのもう一人の助っ人はあなただったのね。私と一緒に動いてもらう予定だからよろしくね。私と北島くんは、三日間ともここにいる予定よ」
凛子は六花に握手を求めてきた。最初の一言でひっかかりそうになったが、印象がすぐに友好的なものにかわっていく。明るくさっぱりとした人のようだ。
「知っているかたが一緒で心強いです。こちらこそ、よろしくお願いします」
六花と凛子が握手を交わしていると、北島が興味をもってあいだに入ってくる。
「なになに? 宮下さんは、どこのお嬢さんなの? あ、宮下って……あれか! 柴田の元妹……」
言いかけて、急にマズイという顔をして口を閉した。交際相手だった凛子はともかく、ほかの同期にまでいったい六花のなにを話していたのだろう。
泉を見ると、彼は咎めるような視線をなぜか凛子に送っていて、凛子は北島を睨んでいる。数秒間、責任の所在を探るような無言の攻防があった。
沈黙を破ったのは、凛子だった。
「宮下さんごめんなさい。私が北島くんにあなたの話をしたの。……北陸事業部に柴田くんの義理の妹がいたって。柴田くんも、そう怒らないで。基本、あなたの悪口しか言ってないから」
凛子の告白に、北島が「うんうん」と頷く。そうして泉も、それならいいと諦めのようなため息を漏らした。
(いっちゃん、自分の悪口ならいいんだ……)
展示会のスタッフを統括しているのは、三十前後とおぼしき北島という名の男性社員だった。普段は広報の課長職にあるらしい。六花が挨拶をすると、気さくな感じで「来てくれてありがとねー」と、スタッフジャンパーを手渡してくる。
さりげなく周囲を確認すると、わりとラフに上着を脱いで、ワイシャツやカットソーの上からジャンパーを羽織っているようだ。
(そっか、スーツのジャケット3つもいらなかった……)
泉の荷物の量から、なんとなく着ている分とあわせてスーツの替えを持参していないだろうと察してはいたが、六花は同じではまずいと、三日分持ってきてしまったのだ。
六花がもう済んだ余計なことでいろいろ考えているあいだに、北島は泉と親しげに話しはじめていた。
「柴田、久しぶり! いやぁほんと助かった」
「困ったときはお互い様。ご指名ありがとう」
「部で二十人いる営業のうち六人が出勤できない状態でね。俺はここから離れられないし、これ以上本社から応援呼べないし、もうお前がきてくれなかったらどうしようかと思ったよ」
二人の気やすさに気づき、六花がやりとりを眺めていると「同期なんだ」と泉が説明してくれた。
そして、もう一人……。
「柴田くん、久しぶり」
そこに別の人物、見覚えのある女性が現れて泉に声をかけてくる。
ストレートのサラサラとした黒髪と、意思の強そうな美しい顔立ちの女性。
(あ、この人……いっちゃんの昔の彼女だ……)
六花が入社一年目の時に北陸事業部にいた、泉の同期で恋人だった、汐見凛子がそこにいた。
凛子はジャンパーを着用していたから、展示会のスタッフとしてここにいるようだ。泉と凛子の現在の関係は六花の知る由もないことだが、彼女が泉との再会をとても喜んでいることはすぐに伝わってきた。
北島を含めたこの三人は、本社の総合職として入社した同期らしく、六花はその輪に入っていくことはできない。しばらくただその場に佇んでいると、凛子が六花のほうに視線を移してきた。
「あら、もしかして……宮下のお嬢さん?」
六花と凛子が同じ職場で働いていたのはわずか一年のあいだで、部署も違ったので会話を交わしたことはない。
六花は「泉の恋人」として相手を意識していたが、凛子のほうも六花のことを知っていたらしい。泉が話したのだろうか?
正直「宮下のお嬢さん」と呼ばれることは気に入らなかったが、それは顔に出さないようにした。はじめましてと言うのもなんだかおかしいので、再会の挨拶をする。
「汐見さん、お久しぶりです」
「あら、私の名前を覚えていてくれたの。……嬉しいわ。北陸からのもう一人の助っ人はあなただったのね。私と一緒に動いてもらう予定だからよろしくね。私と北島くんは、三日間ともここにいる予定よ」
凛子は六花に握手を求めてきた。最初の一言でひっかかりそうになったが、印象がすぐに友好的なものにかわっていく。明るくさっぱりとした人のようだ。
「知っているかたが一緒で心強いです。こちらこそ、よろしくお願いします」
六花と凛子が握手を交わしていると、北島が興味をもってあいだに入ってくる。
「なになに? 宮下さんは、どこのお嬢さんなの? あ、宮下って……あれか! 柴田の元妹……」
言いかけて、急にマズイという顔をして口を閉した。交際相手だった凛子はともかく、ほかの同期にまでいったい六花のなにを話していたのだろう。
泉を見ると、彼は咎めるような視線をなぜか凛子に送っていて、凛子は北島を睨んでいる。数秒間、責任の所在を探るような無言の攻防があった。
沈黙を破ったのは、凛子だった。
「宮下さんごめんなさい。私が北島くんにあなたの話をしたの。……北陸事業部に柴田くんの義理の妹がいたって。柴田くんも、そう怒らないで。基本、あなたの悪口しか言ってないから」
凛子の告白に、北島が「うんうん」と頷く。そうして泉も、それならいいと諦めのようなため息を漏らした。
(いっちゃん、自分の悪口ならいいんだ……)