明日からちゃんと嫌いになるから
悪口を言われたことを知って、溜飲を下げるなんて泉は変だ。それに本人に堂々と言う凛子もだ。
六花はおかしくなり、思わずクスッと笑った。泉と凛子の深い信頼関係を垣間見て、羨ましくなった。
社内の噂では、二人は今はもう恋人ではないと言われていたが、実際のところはどうなのだろう? 少なくともいがみ合って、嫌い合って別れたわけではないのだと、今の二人を見たらわかる。
あれから、泉の新しい恋人の存在をはっきり確認したことはない。別れたというのは嘘の噂にすぎず、遠距離で続いていてもおかしくはない。
その後、北島から展示会を見学してきてよいと言われたので、六花は泉と他社のブースを見て回った。戻ってからは凛子に、明日から六花が担当する役割を教えてもらい、実際に現場で係の仕事をこなし、備えた。
この展示会は趣味・文化的なものと違い全日一般向けの解放はない。入場しているのはメディアか専門知識のある医療関係者で、自社製品の説明ひとつにしても深い知識と話術が求められる。でも六花は事前に聞いていたとおり、直接説明対応をするわけではなく受付や雑務を任され、問題なくこなすことができそうだった。
終了時刻は午後五時で、そこから簡単なあと片づけと明日の準備や打ち合わせをし、午後六時に解散となる。
(さて、ホテルに戻ろうかな……)
泉はこのあとどうするのか? 彼のほうを確認すると、ちょうど北島から声をかけられているところだった。
「よし、柴田。飯行くぞ」
近くに凛子もいる。久しぶりに同期が集まったのなら、当然そういう流れになるだろう。明日も明後日も業務があるから羽目を外すことはできないが、ゆっくり食事ができるくらいの時間はある。
「いや、荷物は預けてあるけどチェックインまだしてないから」
「ホテル、お台場だっけ? そっちのほうが飲食店が多いから皆で移動するか。……ねえ、宮下さん」
北島は少し離れた場所にいた六花にも声をかけてきた。どうやら六花のことも食事に誘ってくれているらしい。でも……。
「いえ……私は、適当に部屋で済ませようかと思っていました。移動があって疲れもあるので、明日に備えます!」
なるべく明るい口調で、断りの返事を入れる。
北島は地方から出てきた六花一人だけを、はじき出すようなことはできない。六花としては、気安い友人たちの集まりに、年齢も経歴も違う自分が一人で入っていくのは気の進まないことだった。
北島の形式的な誘いを、六花が当たりさわりなく断る。……この対応で正解だったはず。なのに泉は、難しい顔をしながら立ち去ろうとする六花に近づいてくる。
「待って。一人で帰すわけにはいかないから」
最近の泉の言動を見ていると、冷たい仮面の下で相当過保護な性分を拗らせていることがわかってきた。この前の飲み会のときといい、彼の中ではきっと六花はまだ小学生くらいの年齢で、夕方以降は一人で外に出してはいけないとでも思っているみたいだ。
今の保護者は泉で、自分が管轄しているときに、六花になにかあったら父に申し訳が立たないという感覚なのか。
「引率はもういらない年齢なんだけど……」
六花は、泉にしか聞こえない声でぼそっと呟く。すると泉は、「なんで黙って言うことをきかないのか」とでも言いたげに、いらだたしげな表情で睨んできた。
この前までは、この目を向けられるたびにいちいち胸を痛めていたが、最近少し感覚が変わっていた。結局泉は、誰よりも六花と他人になりたいと願いながら、「兄」というしがらみからまったく抜け出せていない。六花がなにをしようが、なんと言おうが、泉は自分の目の届く範囲にいるときは他人ではいられないのだろう。
強気になった六花は了承の言葉を口にしないでいた。泉も納得はせず、六花のことを諭すように言う。
「出張なんだから、協調性を持ったらどうだ?」
泉はこれも社会人としての付き合いと言いたいようだ。そしてきっと六花のことを、先輩の誘いを断って定時で帰ろうとする今どきの若手社員だと思っていそう。
「柴田主任こそ、ちょっと空気を読んでください」
六花はおかしくなり、思わずクスッと笑った。泉と凛子の深い信頼関係を垣間見て、羨ましくなった。
社内の噂では、二人は今はもう恋人ではないと言われていたが、実際のところはどうなのだろう? 少なくともいがみ合って、嫌い合って別れたわけではないのだと、今の二人を見たらわかる。
あれから、泉の新しい恋人の存在をはっきり確認したことはない。別れたというのは嘘の噂にすぎず、遠距離で続いていてもおかしくはない。
その後、北島から展示会を見学してきてよいと言われたので、六花は泉と他社のブースを見て回った。戻ってからは凛子に、明日から六花が担当する役割を教えてもらい、実際に現場で係の仕事をこなし、備えた。
この展示会は趣味・文化的なものと違い全日一般向けの解放はない。入場しているのはメディアか専門知識のある医療関係者で、自社製品の説明ひとつにしても深い知識と話術が求められる。でも六花は事前に聞いていたとおり、直接説明対応をするわけではなく受付や雑務を任され、問題なくこなすことができそうだった。
終了時刻は午後五時で、そこから簡単なあと片づけと明日の準備や打ち合わせをし、午後六時に解散となる。
(さて、ホテルに戻ろうかな……)
泉はこのあとどうするのか? 彼のほうを確認すると、ちょうど北島から声をかけられているところだった。
「よし、柴田。飯行くぞ」
近くに凛子もいる。久しぶりに同期が集まったのなら、当然そういう流れになるだろう。明日も明後日も業務があるから羽目を外すことはできないが、ゆっくり食事ができるくらいの時間はある。
「いや、荷物は預けてあるけどチェックインまだしてないから」
「ホテル、お台場だっけ? そっちのほうが飲食店が多いから皆で移動するか。……ねえ、宮下さん」
北島は少し離れた場所にいた六花にも声をかけてきた。どうやら六花のことも食事に誘ってくれているらしい。でも……。
「いえ……私は、適当に部屋で済ませようかと思っていました。移動があって疲れもあるので、明日に備えます!」
なるべく明るい口調で、断りの返事を入れる。
北島は地方から出てきた六花一人だけを、はじき出すようなことはできない。六花としては、気安い友人たちの集まりに、年齢も経歴も違う自分が一人で入っていくのは気の進まないことだった。
北島の形式的な誘いを、六花が当たりさわりなく断る。……この対応で正解だったはず。なのに泉は、難しい顔をしながら立ち去ろうとする六花に近づいてくる。
「待って。一人で帰すわけにはいかないから」
最近の泉の言動を見ていると、冷たい仮面の下で相当過保護な性分を拗らせていることがわかってきた。この前の飲み会のときといい、彼の中ではきっと六花はまだ小学生くらいの年齢で、夕方以降は一人で外に出してはいけないとでも思っているみたいだ。
今の保護者は泉で、自分が管轄しているときに、六花になにかあったら父に申し訳が立たないという感覚なのか。
「引率はもういらない年齢なんだけど……」
六花は、泉にしか聞こえない声でぼそっと呟く。すると泉は、「なんで黙って言うことをきかないのか」とでも言いたげに、いらだたしげな表情で睨んできた。
この前までは、この目を向けられるたびにいちいち胸を痛めていたが、最近少し感覚が変わっていた。結局泉は、誰よりも六花と他人になりたいと願いながら、「兄」というしがらみからまったく抜け出せていない。六花がなにをしようが、なんと言おうが、泉は自分の目の届く範囲にいるときは他人ではいられないのだろう。
強気になった六花は了承の言葉を口にしないでいた。泉も納得はせず、六花のことを諭すように言う。
「出張なんだから、協調性を持ったらどうだ?」
泉はこれも社会人としての付き合いと言いたいようだ。そしてきっと六花のことを、先輩の誘いを断って定時で帰ろうとする今どきの若手社員だと思っていそう。
「柴田主任こそ、ちょっと空気を読んでください」