明日からちゃんと嫌いになるから
「……おや?」

眠っていた祖母が起きて、六花は心底ほっとした。声を出してくれたことも。大丈夫なのだと実感させてくれる。

「おばあちゃん、もう、びっくりさせないで。……早く元気になってね。足を怪我してしまったけれど……結婚式までにはちゃんと治してね」

酷い骨折ではなくとも、足の怪我は高齢の人にとって回復が困難となることもある。本音を言えば無理せず過ごしてもらいたいのだが、勝ち気な祖母のことだからこれくらい言ってもいいだろう。

すると祖母は、目を細める。

「六花は和装もよく似合うだろうねぇ、泉も。……さっさと退院して、二人の晴れの日を見届けないと」

祖母は六花と泉を交互に見つめてくる。うつろ……という程でもない穏やかな瞳をしていた。

「おばあちゃん……?」

はっきりそう言ったわけではないけれど、まるで六花が泉と結婚するものと認識をしているように思えてしまう。

思わず首を傾げると、祖母もまた不思議そうな顔をした。あまり混乱させてはいけないと、六花は祖母の記憶を問い詰めるのをやめ「ううん、なんでもない」と首を振る。


そこから祖母は、整理するように自分から問いかけてきた。

「……今日は何日だい?」

「十二月二十四日だよ」

「そうだった。……じゃあ病院になんて居座ってないで、二人でおいしいものを食べておいで」

点滴のついた手で、六花たちを追い払ってくる。こういうところはいつもの祖母だった。

「じゃあ、明日またくるからね。あとでお母さんたちが荷物を届けにくると思う。看護師さんには起きたことを伝えておくから」

最後に投げかけた言葉も、祖母はしっかりと聞き取ってくれたようで、都度頷いている。

病室を出て看護師と少し話をしてから、出口に向かう。エレベーターに乗ったとき、泉が六花の肩を励ますように軽く触れてきた。

「頭を打ったと聞いたから、一時的に混乱しているのかもしれない。大丈夫だ」

「そうだね……」

起きがけの、一瞬の混乱だったはず。きっと明日になればもう祖母も忘れているだろう。でもあの一瞬でも、祖母の中で自分たちが義理の兄妹ではなく、将来を共に歩む相手のように見えていたことがとても意外だった。



外へ出ると、病院のエントランスの前に停車していたタクシーがあったので、二人でそれに乗り込む。泉は運転手に「金沢駅まで」と短く伝えていた。

それぞれの家までではないの? 疑問を宿した顔を泉に向けると、彼はこう言った。

「お祖母さんに、おいしいものを食べに行くよう言われただろう?」

「……うん、そうだね」

最後のクリスマスだから……これくらい許される気がして、六花は素直に頷いた。


クリスマスの街はいつもよりずっと賑わいをみせていた。

「まあ、今日はどの飲食店も空いてないだろうから。……ちょっと待って」

そう言って、泉は立ち止まりどこかに電話をかけはじめる。どうやらあてがあるらしい。電話の先で、今から二名で訪ねていいか確認している。

「この近くのビストロだけど、予約客が来る八時までならOKが出たから、そこでいいか?」

「うん。ありがとう」

時刻は午後六時で、それなら急がず食事をするだけの時間はある。泉の案内で彼が見つけてくれたビストロに向かった。駅近くの、通りから一本路地に入り込んだ場所にある店だ。

店に入ると、オープンキッチンにいた無精髭の男性が「よう! いらっしゃい」と泉に声をかけてきて、陽気に出迎えてくれる。泉の説明によると、彼はこの店のオーナーシェフで高校時代の友人らしい。
< 31 / 37 >

この作品をシェア

pagetop