明日からちゃんと嫌いになるから

初恋の終わりに

翌日は祖母の見舞いのため、再び病院を訪れた。

「すぐに退院できるんだから、毎日こなくてもいいんだよ」

六花が病室に入ると、祖母はベッドの上で上半身を起こしていた。血色もよく、元気そうだ。これからはじまるひととおりの検査が終り、問題なければ退院できるらしい。とはいえ足の怪我もある。足は固定されていて、車椅子を使うほどではないが家に帰っても相当な不自由があるだろう。

「今、仕事もしてないから暇なの。おばあちゃんが退院したら私も一度家に帰るね。しばらくおばあちゃんと離れで暮らそうと思ってる」

「いやだわ……私もついに介護してもらう年齢になったのねぇ」

「看病だよ。結婚前にちょっとは恩返しになるかな? ……あっ、せっかくだから料理も教えてほしい。花嫁修業ね」

昨日祖母が一瞬だけ見せた記憶の混乱が気になっていて、六花は試すように自分の「結婚」を話題にした。

「そういえば相原さんがねぇ、看護師さん経由で見舞いに来てもいいかと聞いてくれたのよ。でも、遠慮させてもらったわ。あなたからもお礼を言っておいてね。……お気持ちだけで」

「そうなんだ。うん、わかった」

結局、祖母の混乱は昨日のごく短い時間で終わっていた。もう、六花が誰と結婚する予定なのか、相手の名前まで思い出している。異常がなさそうでよかったのに、現実に引き戻されてしまい寂しくもあった。

正樹には今朝、彼の出勤前に連絡を入れた。とりあえず六花は「申し訳ありません」と謝罪をしたのだが、その際に、昨日祖母が入院し病院にかけつけたことを伝えていたから、気にしてくれたのだろう。

正樹にはお見舞いで義兄と一緒になり、その後食事をしていたこと、そして婚約者には仕事があると兄に勘違いさせるような発言をしてしまったことを説明をした。

正直この電話をするまで、さすがに正樹のほうから結婚をやめにしたいと申し出てくるかもしれないと考えていた。しかし彼は、はっきりと言う。

『もう後戻りはできません。結婚式を中止することはできない。でもやはりこのままではまずいと』

「はい……」

先日結婚式の招待状は送付済みで、二人の結婚は周知されている。ここで破談にすると、正樹の実家の問題だけでなく、正樹個人も相当な痛手を負う。院内で、理事長の娘との結婚が破談になった医師という立場に追いやられてしまうのだから。

『女性とは別れます。あなたの寛大さに甘えていました。今度こそけじめをつけてきます。直接義兄さんに謝罪してもいい』

「よかった。結婚をやめにすると言われるかと……ありがとうございます」

『お礼を言ってもらえる資格などありません。この決断も、結局自分のためです。足元をすくわれるような行動はすべきでなかった。わかってはいるんです。理屈では……』

これで正樹との問題は一応解決し、祖母の見舞いに行ったのがこれまでの流れだ。

残すは泉の問題。彼は朝から六花に「今夜、電話する」とメッセージを送りつけてきた。お説教確定だ。

正樹は直接謝罪すると言ってくれたが、とてもそんなことはさせられない。昨日の様子だと、暴力沙汰になりかねないから。これは六花が自力でどうにかしなければならない問題だった。

この日は平日だったので、泉は日中仕事をしていたはずだ。お見舞いのあと自宅マンションに戻り、片づけをしながら最低限の食事だけした。夜になると落ち着かなくなり、重たい気持ちで電話を待つ。

夜八時過ぎに着信音がなりはじめる。もちろん電話をかけてきたのは泉だ。

『――今、いいか?』

「うん。……あの……昨日のことなら、もう解決したから」
< 36 / 37 >

この作品をシェア

pagetop