明日からちゃんと嫌いになるから
勘違いでなければ、西田が男女の意味で興味を持って聞いてきているのだろうから、牽制で六花は嘘を吐いたのだ。一瞬目を丸くした西田は「意外!」という、失礼でいて的確な感想をくれた。

「お前、秒で撃沈してるじゃん。ダサ」

ある男性社員は、からかいながら西田を慰める。そしてもう一人。

「皆さん、宮下さん彼氏いるそうです」

別の誰かが悪乗りをして、少し大きめの声で叫びだす。これには六花もむっとしてしまう。その時、上座のほうですっと立ち上がった人物がいた。不機嫌な表情で近づいてきたのは泉だ。

「あ、主任どうしました? 主任も参戦しますか?」

西田に問われた泉は、立ったまま彼とその周辺の男性社員を見下ろしてくる。

「ここ、合コン会場じゃないんだけど」

一瞬、助け船を出されたかと思った六花だったが、言い切った最後に棘のある視線を自分にも向けられて、そうではなかったと悟る。

「主任、堅いこと言わないでください。めったにない機会なんですから」

それでも続けようとしていた西田のことを、泉は引っ張って自分の席のほうに連れていってくれた。そこからは先輩も戻ってきて、再び女子会の輪に戻る。

さっきの出来事について、男性陣には聞こえないようにこそこそと辛口な評価を飛ばした。

「ないない。西田さんはないよね」

「うん100パーない。適当にあしらうのが正解! ただの酔っ払いだし」

「でも、柴田主任すごいわー。絡まれて困ってるところ連れていってくれたよ。……まさに紳士」

「柴田主任こそ、今フリーなのか知りたいよね。……待って、今の流れだと宮下さん脈ありなんじゃない? 気にして助けてくれたんだから」

皆の顔が一斉に六花に向く。彼女たちは気づいていないらしい。この三ヶ月間、六花にだけ向けられているあのするどい棘を。

彼が紳士なんて、過大評価もいいところ。ただ、上司のお祝いの席なのにはしゃいでいるように見えた六花に、いらついていたんだと思う。

社内で格別に評判のいい彼は、六花にだけ冷たくて、たぶんこの世界で男と女がひとりずつになっても、六花のことだけは選んでくれない。



その後、深山課長にお別れの挨拶に行くというミッションを順番にクリアし、慰労会はお開きとなった。

店を出ると、このまま帰宅するものと、二次会に行くものとでばらけていった。

六花は帰宅するつもりだったので「それじゃ……」と周囲に軽く声をかけると、また西田が近づいてくる。

「六花さん、送らせてください」

名前呼びに、ぞわっと鳥肌が立つ。

「おい、彼氏いるって言われてただろう」

西田と仲のよい男性社員も止めてくれたが、あまり響いていないようだった。

「結婚してるわけじゃないんだから、自由恋愛~」

足がふらついている。ただの酔っ払いだ。でも酔っ払いの対処方法など六花は知らない。……一瞬、泉の姿を探したが、彼は近くにいなかった。

なんだろう、この状況。

イライラしてしょうがない。六花は元凶である西田を思い切りにらみつけてやったが、彼は変わらず、六花の機嫌などおかまいなしだ。

それでもさっきの男性社員はさすがに気づいたようだ。「やばいやばい」と焦った様子で、西田を六花から遠ざけようとしてくれる。

「ごめん、宮下さん。こいつかなり酔ってるみたいだから、今日のことできれば忘れてやって。月曜にはいつもどおりで」

六花は「忘れる」とも「気にしないで」とも口にしなかった。男性社員は苦笑していたが、西田にはまだ通じない。

「六花さーん」

「いいかげんにしろ。西田、お前はフラれただけじゃなく、完全に嫌われたからな!」

西田が騒ぎながら六花からようやく離れていく。……もうため息しかでない。
早く帰ろう。そう決めて帰路につこうとしたところで、肩にかけていた自分のバッグに入っているスマホが震えた。

その場でさっと確認したが、通知を見て目を疑う。

通知は二件のショートメッセージで……送信は「柴田泉」からだった。

『ここに来て』

短い一文のあとに、知らない住所がある。地図アプリとリンクさせて確認すると、今いる場所から近い、駅や繁華街から少し離れた場所を示してくる。

「私、迎えがくるので……」

六花は周囲に軽く挨拶をして、さっと場を離れた。

泉はどういうつもりで、「ここに来て」なんてたった五文字で、人を呼び出すのか。そして六花はどうして、無視してしまってもいいのにその選択ができないのか。

きっと呼び出しにいい理由などないのに、もしかしたら優しい言葉をかけてもらえるのではないか? 心配してくれたからではないか? なんて期待してしまうのだ。



送別会をした居酒屋から徒歩で数分。次の大きな通りに出たところで泉が待っていた。

「……なんの用ですか?」
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