明日からちゃんと嫌いになるから
六花は警戒しながら、声をかけた。対する泉は相変わらず六花に対してだけ見せる、棘を含んだ顔をしている。

「送るから」

「いえ、結構です」

意識して、他人行儀に返事をした。昔のように優しく微笑んではくれない泉には、用はないから。

泉が手をのばしてきたので、ぎゅっと拳をつくって拒絶の態度を表した。すると、泉はため息を吐き出す。

「門限、あるんじゃないのか?」

ああ、そういうことか。六花はわざわざ連絡してきた理由を理解した。
これは父に対する義理立てだ。この前、継母の誕生日の食事の席にもきちんと現れた。

自分の母親に肩身の狭い思いをさせないため、この人は六花の父に対して細心の注意を払っている。六花を飲み会に参加させて、夜に一人で帰したら父が怒るとでも思っているのかもしれない。

「心配はいりません。私……今、自分で部屋を借りているので」

「まさか、男と住んでる?」

「……私にも、彼氏の一人や二人いますから。心配なら紹介してあげましょうか? きっと彼が家で待ってるから」

さっき西田の前でつい言ってしまった嘘を、泉は真に受けているらしい。もし彼が六花の近くにいた女子社員の反応まで見ていたら、それは虚偽だと気づいただろうに。

「義父さんは知ってるのか? ……その、同棲のことを」

「さぁ? ……そんなこといちいち親に言う年齢でもないし」

泉はなにか反論したそうにしていたが、一度口を閉ざしてから、話を元に戻してきた。

「もう、タクシーを呼んだから」

最初に断ったはずなのに、泉は勝手に決めてしまう。ここで到着したタクシーに乗る乗らないで揉めるわけにはいかない。

間もなくして到着したタクシーに六花が乗り込むと、泉は存在しない彼氏に会うつもりらしく同乗してきた。



タクシーが走り出すと、二人とも黙り込んでただ窓の外を眺めていた。

「お客さん、家の前まで行きますか? それとも通りに停めますか?」

しばらく進んだところで、タクシーの運転手に問われると、泉は「手前で結構です」と勝手に決めて返事をしていた。

六花が無意識に、泉の方に顔を向けてしまったので、自然と二人の目が合う。

「……どんな男なんだ?」

よほど気になっているのか、泉が小声でさっきの話題を掘り返してくる。誤解を正さなかったのは、ただの嫌がらせだ。

六花の住むマンションまでは二十分ほどで到着するはず。それまでの短い時間だけでも、これまでの憂さ晴らしに費やそうかと、六花は企んだ。……もしかしたら、二人で話すのは最後になるかもしれないから。

「……すごくかっこよくて、歌と料理がうまい人かな」

六花は口調を以前のものに戻した。そして架空の彼氏を適当に作り上げていく。

「歌? ……職業は?」

「安心して、職場の人じゃないから。……ええっと、本業はアーティストで、歌いながらギターを弾いてる。副業は……なんだったっけ? まあ、いろいろ」

よくもまあこんな適当なことが言えるなと、六花はおかしくて笑ってしまいそうになった。チャラそうな設定にしてみると、泉の眉毛がピクピクと動く。

「……いろいろって。本気で言ってるのか? 金は? 一緒に住んでるなら生活費はどうなってるんだ?」

「お金なんて小さいこと、私は気にしない。家事と料理を担当してくれるから、とっても助かってる」

「……完全に、ヒモじゃないか」

泉はその場で頭を抱えだす。泉と継母は、六花の父と再婚するまでは苦労していたから、とても堅実な性格をしている。だから定職についておらずふらふらしているような男性のことは、理解できないだろう。

「ヒモでもいいじゃない。関係ない……」

「俺は今、反抗期の引き金を引いた責任を痛感している」

心なしか、顔が青ざめている気さえする。

(ああ、やっぱりそういうこと……)

なぜいまさらこうも六花のことを気にするのか、その理由がよくわかった。

泉は父の病院に就職をしなかった六花の身勝手について、責任が自分にあると思っているらしい。そして今、六花の嘘にあっさり騙されている彼は、六花が家を出てろくでもない男と同棲をはじめたことも、根本の原因は自分にあると思って落ち込んでいるのだ。

なんて真面目で……そして傲慢な人なのだろう。

反抗期だなんて……彼の中での六花は、いつまでも幼く未熟な存在なのだと思い知らされてしまう。実際には、泉が心配するようなことはなにもなく、家を出たのも父の許しの範囲内だ。

(最後の嫌がらせのつもりだったのに……)

結局自分たちはしがらみだらけで、六花は泉に一人の女性……大人としてすら見てもらえないのだと思い知らされ、傷口をえぐられた。
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