キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~
いつも通りの私を装って、午後から出勤した。物思いを振り払うように、ひたむきに仕事をこなしていった。
東雲リゾート様の、五つ星ホテルの改装プロジェクト。クライアントにとっての最高のご提案にするには、まだ、設計部門との認識の擦り合わせが足りない。
設計責任者は、スタイリッシュな空間に日本ならではの建材や意匠を使用した「和モダン」をコンセプトに押し出している。
だけど、東雲リゾート様が運営する数多の宿泊施設の中には、五つ星を獲得している純日本的な旅館がある。
「和モダン」はとても素敵なコンセプトだけれど、和と格式を重んじる旅館にも注力している東雲リゾート様にとっては、「どっちつかず」なデザインに思えるかもしれない。
設計部門へ向けた資料の作成が一段落したところで、深く息を吐いた。
あとはレイアウトを整えるだけ――眉間を指でほぐしながら、少し休憩をしようと立ち上がった。定時はとっくに過ぎて、20時前だ。
オフィスラウンジに設置されているコーヒーマシンで、カフェモカを淹れた。スツールに腰掛けて、私用のスマホを扱いながらカフェモカを飲む。
ああ、住む場所も探さなきゃ――ブラウザで、賃貸情報を検索する。不動産屋のサイトをいくつかひらいてみて、眺めて、閉じる。
カフェモカの苦みを飲み下して、立ち上がった。ゴミ箱に紙コップを捨てて、オフィスラウンジを出る。
そうして、部署に戻る途中、
「そういえば、おまえ、匂坂さんと別れたんだろ」
自分の名前が聞こえてきて、足を止めた。カツン、と響いた靴音の残余が儚く消える。
声は、角を曲がったところにある喫煙所から聞こえてくる。このオフィスの喫煙所は、最新の排煙装置を導入しているから扉がない。
「ああ、そう」
と、翔太が答える声が聞こえた。
喫煙所でタバコを嗜む面々は、何の悪気もなさそうな声で言う。
あのパワーはちょっと……男でも引くもんな。この前なんて、部長を言い負かしてたぜ。次の子、若くて素直なんだろ。正解だわ。
悪気なく響く笑い声のあと、
「玲奈はさあ……美人でスタイルも良いけど、何かもう女として見れなくて」
翔太が、ほとほと疲れたような声でそう言った。
――ぎゅっ、と強くくちびるを噛みしめて、カツカツとヒールを鳴らして部署まで戻る。絶対、絶対――絶対に泣くもんか。
いつか、おそろいのリングをもらった日。まるで結婚式の指輪交換みたいに、翔太が、右手の薬指にそれを嵌めてくれた。シルバーのリングが嵌まった指を、慈しむみたいに撫でてくれたのに。
右手の薬指はシルバーの重さを失った。
ぎゅっと拳を握ったら、爪の先が手のひらに食い込んだ。
痛い――と面差しを歪めたところで、
「……っと、」
肩が、誰かにぶつかった。
呆然と顔を上げると、わずかに潤んだ視界の中に、目を丸くした如月くんが立っていた。
東雲リゾート様の、五つ星ホテルの改装プロジェクト。クライアントにとっての最高のご提案にするには、まだ、設計部門との認識の擦り合わせが足りない。
設計責任者は、スタイリッシュな空間に日本ならではの建材や意匠を使用した「和モダン」をコンセプトに押し出している。
だけど、東雲リゾート様が運営する数多の宿泊施設の中には、五つ星を獲得している純日本的な旅館がある。
「和モダン」はとても素敵なコンセプトだけれど、和と格式を重んじる旅館にも注力している東雲リゾート様にとっては、「どっちつかず」なデザインに思えるかもしれない。
設計部門へ向けた資料の作成が一段落したところで、深く息を吐いた。
あとはレイアウトを整えるだけ――眉間を指でほぐしながら、少し休憩をしようと立ち上がった。定時はとっくに過ぎて、20時前だ。
オフィスラウンジに設置されているコーヒーマシンで、カフェモカを淹れた。スツールに腰掛けて、私用のスマホを扱いながらカフェモカを飲む。
ああ、住む場所も探さなきゃ――ブラウザで、賃貸情報を検索する。不動産屋のサイトをいくつかひらいてみて、眺めて、閉じる。
カフェモカの苦みを飲み下して、立ち上がった。ゴミ箱に紙コップを捨てて、オフィスラウンジを出る。
そうして、部署に戻る途中、
「そういえば、おまえ、匂坂さんと別れたんだろ」
自分の名前が聞こえてきて、足を止めた。カツン、と響いた靴音の残余が儚く消える。
声は、角を曲がったところにある喫煙所から聞こえてくる。このオフィスの喫煙所は、最新の排煙装置を導入しているから扉がない。
「ああ、そう」
と、翔太が答える声が聞こえた。
喫煙所でタバコを嗜む面々は、何の悪気もなさそうな声で言う。
あのパワーはちょっと……男でも引くもんな。この前なんて、部長を言い負かしてたぜ。次の子、若くて素直なんだろ。正解だわ。
悪気なく響く笑い声のあと、
「玲奈はさあ……美人でスタイルも良いけど、何かもう女として見れなくて」
翔太が、ほとほと疲れたような声でそう言った。
――ぎゅっ、と強くくちびるを噛みしめて、カツカツとヒールを鳴らして部署まで戻る。絶対、絶対――絶対に泣くもんか。
いつか、おそろいのリングをもらった日。まるで結婚式の指輪交換みたいに、翔太が、右手の薬指にそれを嵌めてくれた。シルバーのリングが嵌まった指を、慈しむみたいに撫でてくれたのに。
右手の薬指はシルバーの重さを失った。
ぎゅっと拳を握ったら、爪の先が手のひらに食い込んだ。
痛い――と面差しを歪めたところで、
「……っと、」
肩が、誰かにぶつかった。
呆然と顔を上げると、わずかに潤んだ視界の中に、目を丸くした如月くんが立っていた。