キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~
 左手薬指の指輪――シンボルとしてのエンゲージリング。私たちが、“婚約者”であることを示すための。

 翔太と暮らしたマンションへ、私の荷物を取りに行った日。

 個包装のチョコでも差し入れするみたいに、如月くんが気軽にくれた。触れるのも躊躇するくらいの、ハイブランドのエンゲージリング。

「せっかくなんで、見せつけましょう」

 私の弱気を見抜いて、如月くんは不敵に笑った。

「こういうときのための、“婚約者”です」

 如月くんの強気が私を励ましてくれた。

 私たちは正面からマンションへ乗り込んだ。堂々とチャイムを押して、「お邪魔します」とにこやかに挨拶をした。何やらショックを受けた様子の翔太をよそに、如月くんに手伝ってもらって、私の荷物を回収した。妹の――結衣の姿はなかったけれど、結衣の物らしきコスメやエプロンがあったから、たぶん一緒に住んでいるのだと思う。

 ――カツン、と靴音が鮮やかに響いた。

 オフィスに着いて、挨拶をしながら部署まで向かう。指輪をつけはじめて一週間が経ったから、あからさまな眼差しを手元に向けられることは、もうない。

 だけど――同僚彼氏に捨てられた、可哀想なアラサー女子。

 腫れ物をそっと見守るような雰囲気が、指輪を嵌めた途端に反転した。匂坂さんが宮西くんを捨てたんだって――いや、如月くんが匂坂さんを略奪したって聞いたけど。

 好き勝手に噂されているのは肌で感じる。如月くんは、「じゃあ、俺が略奪した方で」と可笑しそうに笑っていた。如月くんにとって、噂が広まるのは好都合だという。

 これで、見合い話も落ち着くかな――そんなふうにひとりごちた如月くんは、いつかのように辟易した顔をしていた。
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