キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~
「……あ、ごめん。立ち聞きするつもりはなくて」

 気まずい気持ちで弁明すれば、如月くんはまったく気にしたふうもなく、ソファから立ち上がった。

「いえ、構いませんよ。何か飲みますか?」

 私に問いかけながら、キッチンまで向かう。

「あ……じゃあ、グレープフルーツジュース」

「わかりました」

 軽く頷いた如月くんは、冷蔵庫からコールドプレスのグレープフルーツジュースを取り出した。ラックから取ったグラスに注いで、私へ差し出してくれる。

「ありがとう」

 グラスを受け取って、お礼を言う。何でもないときなら、忘れないのにな――そんなことを考えながらダイニングの椅子に腰掛けて、ジュースをひとくち。酸味が爽やかで美味しい。

 グラスを置いて眼差しを上向けたのは、如月くんが向かい側の椅子に腰掛けたから。

 視線が重なったところで、如月くんが口をひらく。

「父のことなんですけど」

 うん、と心持ち声のトーンを落としたのは、如月くんのお父様が入院中だからだ。家の階段から落ちて脚を骨折してしまったお父様は、手術を終えて現在療養中だと聞いている。

「ああ、すみません。心配してもらうような話じゃないんです。脚以外はもう、有り余るほど元気なので。電話で、うるさいくらいに指示が飛んでくるし……」

 言いながら、如月くんはげんなりした顔をした。社長代理として、社長であるお父様から徹底的に指導されているみたいだ。

 言われなくったってわかってるんですよね、などとぼやく如月くんは――きっと彼は不本意だろうけれど、拗ねた子犬みたいで可愛いと思った。

 だから、表情が緩んでしまっていたのだと思う。
 じ、と如月くんがこちらに眼差しを向ける。

「また、ファンシー枠に入れたでしょ」

「えっ?」

「子犬とか、可愛いとか」

「……うん」

 素直に頷くと、如月くんはものすごく不本意そうに口を曲げる。

「これでも、27の男なんですけどね……」

 眼差しを逸らして、ため息交じりに呟く。俯むけた面差しに刹那、色香が仄めく。――逃げないで。……思い知って。

 いつか、白い朝の眩さのさなかで囁かれた。熱っぽい声を不意に思い出して、瞬間的に戸惑う。
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