キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~
 ウッディの重たいラストノート――如月くんの香りが、近い。

 公園を出たところで、如月くんは私を手離した。

「失礼いたしました」

 彼が丁重に謝罪したのは、私の肩を抱いたことに対して。私たちが結んだ契約の、違反行為に抵触しかねない振る舞いに対して。

「……大丈夫」

 私は緩く首を振った。そうしたら、如月くんはほっとした顔をして、また。
 また、単なるルームメイトに戻ろうとする。

「俺も、今日はなかなか帰れなくて。一緒に外で食べて帰ろうと思って、迎えに来たんです」

 話しながら、如月くんは一歩、私から離れる。束の間近づいた私たちの距離を、適切に確保する。

「図々しいかなって思ったけど、来てよかったです。あのひとにまた何か言われたら、言ってくださいね」

 “婚約者”として、手加減なく相手になります。――そんな台詞を冗談めかした口調で続ける彼に、胸が苦しくなった。

 冗談の気軽さを面差しに残したまま、如月くんが歩き出す。

「何が食べたいですか?」

 彼の質問に答えなかった。その代わりに、彼のジャケットの袖を掴む。
 如月くんが、驚いた顔で私を振り返る。わずかに見ひらかれた目、その瞳には私のかたちの影が映り込んでいる。

「――私、」

 何を言うのか決めないまま、くちびるをひらいた。
 だけど、少しふるえた自分の声が耳に届いた瞬間、声がはらむ切実な感情を思い知る。

 また恋をするのは怖いと泣いた。
 ぼろぼろに傷ついて、大切なものを失ってしまうことに怯えた。
 今でもまだ、怖いと思うのに――それなのに、あなたへの恋に踏み出したいと思っている。

 私を見つめてくれる如月くんが好き。
 懸命に向き合ってきた仕事ごと、私を見てくれる如月くんが好き。
 だから、あなたと――もういちど恋をしたい。

 自分の恋を思い知って、それをあなたに告げようとした。あなたの目を見つめて、意を決してくちびるをひらいた。
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