キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~

*5章* ルームシェア終了

 玄関で対面した如月くんは、目が合った瞬間、気まずそうに視線を逸らした。

「……酔った相手に絡まれてしまって」

 ルージュがついた襟元を隠すように、親指を当てる。
 どくん、と低い心音が響く。胸の内側へ、鈍い痛みが沈んでゆく。

「……そっか。大変だったね」

 私は無理矢理に笑顔を作って、つま先をパンプスに差し込んだ。彼から眼差しを外して、すれ違おうとする。

「――待って!」

 強い力で手首を掴まれた。驚いて振り返ると、はっとしたように如月くんが手を離す。
 私の手首を掴んだ手のひら、その指先を力なく握りこみながら、如月くんが私を見つめる。

「違います……仕事でした、誤解しないで」

 必死の息遣いで、如月くんが訴える。
 私は勢いに気圧されて、ぽかんと中途半端にくちびるをひらく。揺らめくみたいに不安定な沈黙ののち、

「……わかった」

 と、私が頷けば、如月くんは心底ほっとしたような顔をする。
 その表情を見た途端、胸の内の鈍い痛みがほどけてゆくのを感じた。

 ぎこちない間合いが一秒。そののちに、彼の目を見上げて微笑む。

「行ってくるね」

「はい。……あ、」

 如月くんが声を上げたから、靴先を戸惑わせて、もういちど彼を振り返る。

「昨日、何か言おうとしてました?」

 少し緊張したような如月くんの面持ち。彼が今、何を考えているのかは私にはわからない。

 私はひとつまばたきをして、

「今日帰ったら、言うね」

 できるだけ気軽に聞こえる声で、そう答えた。

 仕事用のトートバッグの肩ひもをぎゅっと握って、今度こそ玄関を出る。
 ぱたん、と背中側でドアが閉まる。

 ――かつん、と響いたパンプスの音が、心なしか軽やかに聞こえた。
< 39 / 47 >

この作品をシェア

pagetop