キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~
 午後からの業務も順調に進んだ。定時を少しだけ過ぎたところで、オフィスを出る。如月くんからは、遅くなるかもしれないけどなるべく早く帰る、といった内容のメッセージが入っていた。

 それなら、早く退勤できた私が今日の夕飯当番。昨日の夜に食材をほとんど使い切ってしまったから、マンションの近くのスーパーに寄った。合い挽き肉が安かったので、ハンバーグを作ることにした。

 食材で重たくなったエコバッグを持って、マンションに帰った。もう慣れた手つきでオートロックを解除して、高層階専用のエレベーターに乗る。

 エレベーターを降りてからの足取りも、もう慣れきったもの。

 ここは私のマンションじゃないのに、私たちはルームシェアをしているだけなのに、まるで如月くんの本当の婚約者みたいな振る舞いをしたから――だから、現実を思い知らされた?

 玄関のドアをあけた瞬間、バニラみたいな甘い香りがした。
 は、と短く息を呑んだ、その次の刹那に玄関へ脱ぎ捨てられていた異質に気づいた。

 指先が小刻みにふるえて、息遣いが上擦る。
 真っ暗になった脳裏に、ルージュの甘やかなピンクが灯る。

 洗練された玄関。大理石の床板に、脱ぎ捨てられた華やかなミュール。オーガンジーのリボンが、まるで、夜にひらめく蝶みたい。

 蝶の鱗粉のきらめきが、私の世界を埋め尽くす。
 息遣いの隙間にも入り込んで、私の呼吸を困難にした。
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