Happily ever after

「見えない!25か26か、それくらいにしか見えません!」

「ははは、実は私もよく童顔と揶揄われるタイプでして」


親近感が湧いたのは優子だけではなかった。
そこから童顔特有の悩みやあるあるで盛り上がり、気がついたら千川駅に着いていた。

タクシーの運転手と話しが弾んだ経験はこれが初めてで、その興奮が判断力を低下させていたのだろう。
とびっきりの笑顔で、ありがとうございましたと御礼を言い、ドアを閉めてからしばらく経つまで、優子は違和感に気づかなかった。

タクシーが視界から完全に消えたところで、スマホとクラッチバッグ以外の荷物を全て車内に忘れていたことに気づく。
結婚式の引き出物、真奈佳から帰ってきた漫画、花凛とあおいから貰ったお土産、合計3つの紙袋がタクシーに置きっぱなしだ。


「うわぁー、やっちゃった……」


自分の過失とはいえ、面倒くささにため息が止まらない。
通話履歴からどこのタクシー会社だったか探していたその時、クラクションが鳴らされた。

咄嗟に振り向くと、先ほど話しが盛り上がったイケメン運転手こと山崎が軽く会釈しながら車を近づけてきた。


「あの、すみません!私忘れ物しちゃって」


道路沿いにタクシーを停めるなり、山崎も腰を低くして謝り出した。


「こちらこそ、忘れ物の確認は基本中の基本だというのにすっかり失念しておりました。本当に申し訳ございません。ご迷惑をおかけしました」

「いやいや、謝らないでくださいよ!悪いのは私で」

「いいえ、こちらの過失です」


突然始まった謝罪合戦に、通りかかる人々が何事かと視線を投げてくる。
居た堪れなくなって謝る言葉が尻すぼみになっていくと、山崎が小さく呟いた。


「この仕事を始めて17年経ちますが、こんな初歩的なミスをしたのは初めてなんです。お客様との会話が楽しすぎて浮かれてしまったのも初めてで……」

「じゃあもう同じミスはしないでしょうね。普段それだけ慎重にお仕事なさっているのだから」


優子の言葉が琴線に触れたのか、蕾が開くように山崎は柔らかに笑った。


「ありがとうございます。そう、思いたいな」


今度こそ忘れ物をしないように荷物をすべて抱えると、山崎がひょいと顔を覗かせた。


「実は俺もその漫画家さん好きなんですよ」

「え、本当ですか!?これ友達にずっと貸してたんです!私はこの5部が1番好きでして」

「俺も!!あの、キャラは誰が好きですか?」

「アバッキオですね」

「うわー!!!一緒!!!」


あの、と声が被ったその瞬間、優子はこれから山崎が何を言うか予想した。
きっと彼はこう言うだろう。


「連絡先お聞きしてもよろしいでしょうか?」


期待と熱意が入り混じった視線が嬉しくて、優子は笑顔を隠せなかった。

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