Happily ever after
噛み殺し損ねたあくびが聞こえていたのか、先月上京してきた幼なじみの花凛が電話越しに心配そうな声を上げた。
「寝不足?仕事忙しいの?」
「いや、仕事の方は今はそうでも。山崎さんとの電話が楽しすぎて寝不足なだけ」
「なんだ、心配して損した」
花凛が呆れるのももっともである。
連絡先を交換してから一週間経つが、山崎との話題が尽きることはなく、毎日最低1時間は話しをしている。
昨日は会話が盛り上がりすぎて5時間話し込んだ。
出身地も仕事の業種も違うが、趣味や嗜好が恐ろしいほど被っているため、話しのネタが尽きないのだ。
昨日も互いのお気に入りの漫画家の話しになり、明日から銀座で始まるその漫画のポップアップに行きたいという話をしたところ、気づいたら2人で行くことになっていた。
まるでデートだな、と思ったのは向こうも同じようで、昨日電話を切った時にわずかに緊張した空気が伝わってきた。
「まあ、新しい恋に夢中なのは良いことだよ。いつまでも裕樹さんのこと引きずっても仕方ないし」
「……まだ裕樹と別れたばかりで、新しい恋愛とかは考えられないよ。山崎さんは良い人だけど、どうなるかはわかんない。向こうにだって相手を選ぶ権利はあるわけだし」
話していて楽しい。
ただそれだけでLINEのやり取りや電話が続いているが、もし自分が彼を恋愛対象として見るようになったら、あるいは逆のことが起きたら。
せっかく出会えたのに縁が切れるのが怖くて、優子は意識して山崎を異性として見ないようにしていた。
「それもそうか。恋愛でもそうじゃなくても、新しい出会いって素敵なものだもの!明日は楽しんでおいで」
「うん!」
最近離婚した花凛は、幼なじみたちの中でもとりわけ優子を気にかけていた。
別れを経験した者同士、分かり合える時間が増えたため、優子は山崎との出会いはまだ花凛にしか話していない。
明日は久しぶりの銀座。
美味しいものが好きな優子にとって、美食の宝庫である銀座はとりわけ好きなエリアだ。
山崎は好き嫌いもアレルギーもないため、お店選びのし甲斐がある。
明日着る服を準備して、優子は眠くはないが無理矢理ベッドに潜り込んだ。