おやすみなさい、いい夢を。



その言葉を発した時、
もう心のどこにも温度はなかった。

看護師が小さく頷いて病室を出ていく。
俺は、ただ機械音が止まっていくのを見ていた。

モニターのアラームが一つ、また一つと消えていく。
そのたびに、
静寂がゆっくりと部屋を満たしていく。

目の前の理緒は、
まるで眠っているように静かだった。

……ほんとうに、眠っているだけだったらいいのに。

そんな言葉が、
無意識のうちに頭をよぎった。

数分後、
彼女の母親が駆け込んできた。

泣き崩れる姿を見ても、
不思議と何も感じなかった。

自分が説明の言葉をどう並べたのかも覚えていない。
どれだけ頭を下げたかも分からない。
ただ、自分の口が動いていた。

「急変でした……」「最善は尽くしました」
——そんな言葉だけが、
どこか遠くから響いていた。

全てが終わって、
家族が病室を出たあと。

ようやく、自分の膝が勝手に折れた。
壁に手をついたまま、
息がうまくできなかった。

冷たい床の感触だけが、やけに鮮明だった。

さっきまであれほど鳴っていた機械の音が、
今は何も聞こえない。

この静けさの中で、
初めて“終わった”という事実が
ゆっくりと身体の中に降りてきた。

涙は出なかった。
泣くという行為が、
彼女の死を肯定するみたいで、怖かった。

——俺は、救えなかった。

それだけを、
何度も心の中で繰り返した。


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