隠れ許嫁は最終バスで求婚される
黒戸家はこの地方では由緒ある地主の家系だ。本家は地元の不動産王として名を馳せていたが時代とともにそう呼ばれることもなくなっている。
それに俺は黒戸本家の傍流の子どもだったから、それほどうるさく言われることもなくのびのび育てられていた。
ちなみにじいさまが遺した土地を管理するためにもともと宅建業界にいた伯父が株式会社クロードを興し、いまでは地元の不動産業界を牛耳る立場になっている。自分よりも年の離れた従兄たちもまた地権者であったじいさまの跡をついで、思い思いに土地を管理したり売ったりしている。
だから俺がいまさら黒戸家の御曹司、大地主の孫と言われてもピンとこない。ただ、じいさまは傍流の孫である俺のことをたいそう可愛がってくれていたこともあり、特定遺贈という形で遺産を残してくれたのだ。なんとも厄介な停止条件付で。
『一季が家庭を持ったら、遺留分の遺産はすべて相続させる』
停止条件付遺贈というそうだ。条件に応じて相続を行うという特定の財産を渡す行為。
じいさまの遺言状にはそのように記されていた。
当時未成年だった俺はそんなわけのわからない遺言、興味なかったし、親父や伯父、従兄たちで分け合って相続税対策云々で騒いでいるのを見ていたから、結婚したら遺産をくれてやるというじいさまの言葉を真に受けたところで慌てて好きでもない女性と家庭を持つなど考えたくもなかった。結婚するなら好きな子としたいじゃないか。