隠れ許嫁は最終バスで求婚される

 それもあって俺は地元の高校を出てからこの町を飛び出した。都会の喧騒に辟易しながらも刺激的な日々を送るにつれて遺産のことなどどうでもよくなっていく。けれどときおり故郷が恋しくなることもあった。特にお盆の季節、寂びれた田舎が華やかになる花火大会、夏祭り、それから肝試し。
 じいさまが生きていた頃は山を開放して従兄たちや近所の子どもたちとともに本気の肝試しをしたものだ。小学生男子たちが大人と知恵比べをする一晩の冒険はいまも心に強く残っている。二十年以上前のはなしだ。あのとき俺の傍にいた小さな女の子もすっかり大人になってしまっただろう。彼女が幸せな結婚をしたという報告を受けるまでは独身でいるのも悪くないと思っていた。だが、俺が遺産を相続できれば親父が携わっている会社経営も楽になる。独身貴族はそろそろ潮時らしい。

 新興住宅街を抜け、国道へ。救急車が停まっている医療センター、母校の高校前を通り過ぎれば俺が子どもの頃からほとんど変わらない田園風景が待ち受けている。すっかり夜の帳を被った空には下弦に近づいた月と、星。ドアを開閉する都度リンリンリン、と鈴虫の声が混ざる。
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