隠れ許嫁は最終バスで求婚される
けれど兄のような俺を彼女が本気にするとは思えない。俺はさりげなく話をそらし、桧林の家について訊ねる。
彼女の家が無人だということは母から聞いていたが、売りに出すかもしれないとは聞いていなかったので複雑な気持ちになった。それこそ俺がじいさまの遺産で買い取りたいくらいだ。
だが、無人になっている家のことよりも彼女は俺が何をしていたかの方が気になるらしい。春に父親が脳梗塞で倒れたことを伝えれば、驚いた顔をしている。
そこから先も正直に説明した。上京して大学卒業後は運送会社に就職して働きながら大型二種の免許を取って長距離トラックのドライバーとして働いていたこと、バスの運転手になるまではバンドの音響機材を運ぶドライバーとして三年近く働けたこと、呼び戻された先で父親が経営している営田バスの運転手の仕事を紹介されたこと。車の運転は嫌いではないので特に問題はなかった。俺の曾祖父にあたるじいさまの父親が鉄道を引いた関係でこの辺の交通網も黒戸家の息がかかっているのであるのだ。いまはバスの運転手で落ち着いていられるだろうが、親父は自分をバス会社の後継者にしたいのだろう。そのためにも早く結婚しろもう三十歳なのだからと自分の病気の発症と同時に騒ぎ出したのも理解できる。が。
「お兄ちゃん三十路か」
「一気におじさんっぽくなるからやめて」
お隣の幼馴染の愛らしい女の子に「みそじのおじさん」と言われると胸が痛む。あ、おじさんは俺の勘違いか。