隠れ許嫁は最終バスで求婚される
「いいじゃん。あたしだってもう二十五だよ。お父さん生きてたらぜったい『結婚はまだか!?』って騒いでたと思う」
「たしかに」
モネちゃんの親父さんは寡黙な人だった。俺の親父とも親交があり、しょっちゅう酌を交わす仲だったが、病気のことは最期まで教えてくれなかったらしい。俺も成人式で戻った際にお酒をともにしたが、そのときに「百寧を頼むぞ」と本気だか冗談だかわからないことを言われてしまった。仕事の関係で通夜にしか顔を出せなかったが、俺が来たときに喪主をしていた桧林のお袋さんは心労で疲れ切っており、娘に介抱されていた。モネちゃんとは挨拶を交わした程度だが気丈にしていた彼女を慰めてあげる時間もないまま離れてしまったのが心残りだった。あのとき二十五歳だった俺は三十歳になってバスの運転手をしている。そして彼女は地元の焼きものの会社に勤めている二十五歳の会社員だ。結婚適齢期という単語に脳裡がざわつく。「百寧を頼むぞ」という親父さんの言葉とともに。
それらを振り払うべく、俺は茶化すように言葉を紡ぐ。
「そろそろいい結婚相手見つかったかな、とか、俺に赤ん坊抱っこさせてくれるかなぁ、とか」
「飛躍しすぎ! 残念だけど相手いないから!」
「だよなー、同棲相手に裏切られて最終バスに乗り込んで寝過ごしてるモネちゃんだもんねー」
「悪かったですね! そういういっきお兄ちゃんこそ相手いないの?」
「いるわけねーだろ。長距離の仕事してるうちは家庭なんか持てないって諦めてたし」
「じゃあ今は?」
「この辺鄙な田舎のバスの運転手に喜んでお嫁に来る女のひとなんかいると思う?」
「――いるじゃない、ここに!」