隠れ許嫁は最終バスで求婚される
これは、遺産目当ての結婚なのか ――side Mone
すっかり秋めいた風が頬を撫でるのに、胸の内はまだ昨夜の熱を引きずっている。バスのシートに残っていた体温とか、毛布越しの匂いとか……。
車庫に停められた最終バスでお兄ちゃん――ううん、あのとき『名前で呼んで』って請われたから――一季さんと一晩をともにしたあたしは朝一番のバスで無人の実家に戻ってきていた。
がらんとした実家の玄関を開けた瞬間、胸の奥がツンとする。いまは誰もいない家に、時計の針の音だけがチクタク響く。
「ただいま」
窓を開ければ寝坊助な蝉の声とともに朝の爽やかな空気がこもっていたい草の香りとともにすぅっと抜けていく。玄関からすぐ入ったところにある和室には大きな仏壇があり、そこには祖父母と父の位牌が置かれている。祖母はあたしが物心つく前に亡くなっているためほとんど記憶がない。祖父もあたしが小学生になった秋に心臓発作でぽっくり亡くなっている。そろそろ命日を迎えるはずだが、十三回忌を父の法要とともに行って以来、寺の世話にはなっていない。それでも家族写真と一緒に黒戸のおばさんがお供えしてくれたであろう個包装のお菓子と菊の造花が飾られているのを見ると安堵する。
彼のお母さんはどう思うだろう。あたしが一季さんから求婚された、って聞いたら。
頬がじわじわ熱くなる。
「……っ、やだ、一季さんだなんて」