隠れ許嫁は最終バスで求婚される
物心がついた頃から傍にいた一季さん。夏祭りでは一緒に花火を見に行ったし、お盆の肝試し大会では怖がるあたしを守ってくれた。初めて間近で見た打ち上げ花火の音に驚いて泣き出したときも、「大丈夫だよ」って優しく手を取ってくれたっけ。いつしか彼があたしの居場所になっていた。彼が上京してこの土地からいなくなってしまうまで。
――そういえばあのとき祖父と黒戸のじいさまが『おまえんとこの孫と、うちの孫は仲がいいなぁ。……いっそ、許嫁にして将来を一緒にさせるか?』なんて冗談じみたこと言っていた気がする。お兄ちゃんと一緒なら楽しそうだねと笑い合った記憶はぼんやり残ってる。彼はそんなこと覚えてないだろうけど……それとも覚えているのかな?
どのくらい、仏間でぼうっとしていたのだろう。ガチャガチャ、という物音であたしは我に返って寝ころんでいた畳から起き上がる。そこには午前のシフトを終えたであろう一季さんの姿があった。
「良かった、いた」
「うわびっくりした、驚かさないでよ」
「何度もインターホン鳴らしたのに気づかないんだもの、心配になっちゃったから合鍵使って入っちゃった」
「入っちゃった、って……」