隠れ許嫁は最終バスで求婚される

 ――昔、夏祭りで花火を見上げた日のことが、ふたたび頭をよぎる。

 あの夜、祖父と黒戸のじいさまは笑いながらあたしたちを見ていた。

 『おまえんとこの孫と、うちの孫は仲がいいなぁ。……いっそ、許嫁にして将来を一緒にさせるか?』

 いいなずけってなんだろう。だけどお兄ちゃんと一緒なら楽しそう。幼いあたしはただ笑ってた。
 けれど、いまになって思えば――あの冗談には、少しだけ本気の響きがあったような気もする。すでに両人は故人だから、いまさら確認することはできない。だけど、もしかしたら一季さんはこのことを気に病んでいるのかも。
 いいなずけ――許嫁、それは家同士の都合で将来の婚姻を約束された間柄のことだ。
 朧気だったその記憶を思い出した瞬間、背中にうっすらと寒気が走る。幸せだけど、ちょっと怖い。
 あたしが黙り込んでしまったあとも、彼は髪を撫でる手をとめずにいた。
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